平素から以下の処方箋をもってこられる方がいます。
Rp(1)(般)ベタヒスチンメシル酸塩錠(6) 3錠
アデホスコーワ顆粒 3g
1日3回 毎食後 30日分
これはめまい症で使っていることはすぐに分かると思います。しかしある日、処方内容が以下のように変わりました。
Rp(1)(般)セルトラリン塩酸塩錠(25) 1錠
1日1回 夕食後 14日分
一見するとうつ病やパニック障害で処方されたように見えますが、この患者さんはめまいで処方されました。これは持続性知覚性姿勢誘発めまいに対する治療だからです。今回の記事で持続性知覚性姿勢誘発めまいの解説と、なぜセルトラリンが用いられたのかを解説します。是非ご覧になって下さい。
・持続性知覚性姿勢誘発めまいについて
持続性知覚性姿勢誘発めまい(以下PPPD)はふわふわとした浮遊感や不安定感がほぼ毎日続くことを特徴とするめまい症です。
診断基準は国際めまい学会(Bárány Society)によると以下のA~Eの全てを満たすこととなっています。
上記のCで示したように、PPPDの発症には何らかのめまい疾患やストレスによる平衡障害などが先行します。めまい疾患が起きた時は脳はバランス調節機能により対処します。しかしこれらが治った後も、脳がバランス調節機能を過剰なまま解除しきれず、常に身体が揺れているように認識し続けることで、めまい症が起きると考えられています。
つまりPPPDは耳や脳の器質的障害ではなく、脳のめまいに対する機能的障害であるといえます。
PPPDがどのようなめまいか分かったところで、めまいが起きる原因について見てみましょう。
・視覚情報への依存
PPPDは平衡感覚を保つために前庭系(耳のバランス機能)ではなく、視覚情報に過剰に依存している状態にあります。
内耳には三半規管の有毛細胞や耳石器といったセンサーが存在し、体の平衡感覚情報を前庭神経を通して、脳幹の前庭神経核に伝えられます。前庭神経核には内耳からの情報だけでなく、視覚情報や足裏などの感覚情報も伝えられます。
前庭神経核ではこれらの情報を元に自身が正しく立てているかを判断し、眼球や脊髄の抗重力筋 へと伝達し、眼のピントや体中の筋肉を調節しバランスを保っています。

PPPDでは前庭神経の神経細胞が過敏に反応してしまい、無意味な揺れの情報に過剰に反応してしまいます。またこのような状態になると脳は前庭経路からの情報を信用しなくなり、代わりに視覚情報の優先順位を上げます。そのため視覚情報に依存するわけです。
・扁桃体の興奮
扁桃体は恐怖や不安を司る領域です。PPPD患者は扁桃体の興奮が過剰に起きている傾向があります。めまいを何度も経験している影響で、「まためまいが起きる?」という恐怖が付きまとい、扁桃体が過剰に反応しやすい状態になります。
内耳からの平衡感覚情報は前庭神経核を通って脊髄の抗重力筋に伝えられます。前庭神経核は扁桃体とつながっており、扁桃体が興奮すると前庭神経核の感度が上昇します。その結果、無視してよい程度のわずかな情報でも「めまい」として過敏に反応するようになります。
ここまででPPPDが起きる原因について理解できたでしょうか?
PPPDの治療法には認知行動療法(めまいが起きる状況を把握し、少しずつ慣れていく)、前庭リハビリテーション(前庭の不調によるめまいを改善するための運動療法)、そして薬物療法があります。薬物療法は主にSSRIが使われます。
それでは続いてSSRIが有効な理由について見てみましょう。
・SSRIがなぜ効くか
内耳から脳へ平衡感覚を伝える前庭神経、それを受け取る脳幹の前庭神経核にはセロトニン5-HT1A受容体が存在します。
SSRIはシナプスでセロトニンのシナプス前膜への再取り込みを阻害します。これによりシナプス間隙でのセロトニン濃度が上昇し、シナプス後膜のセロトニン受容体への働きが増強します。
シナプス前膜、後膜にはセロトニン5-HT1A受容体、5-HT1B受容体が存在します。5-HT1A受容体、5-HT1B受容体はどちらもGi共役型受容体であり、細胞の興奮を抑制します。
脳内には視覚情報、聴覚情報、平衡感覚など膨大な情報が入ってきますが、5-HT1B受容体は重要度の低い情報の伝達を抑制し、その結果必要な情報の処理能力が向上します。
5-HT1A受容体はシナプス前膜で自己受容体として働き、セロトニンの放出をコントロールします。これにより脳全体の感度を抑えています。
※セロトニンはこのような働きをすることから”モジュレーター(調整役)”と呼ばれています。
つまり不要な情報の伝達を抑制することで必要な平衡感覚の情報が正しく処理でき、また脳の興奮の感度を下げることで、本来無視すべき小さな揺れに過敏に反応してしまうのを防ぐことでめまいを抑制するわけです。
また扁桃体には5-HT1A受容体が豊富に存在しています。前述したように5-HT1A受容体はGi共役型なので神経細胞の興奮を抑制し、扁桃体の過剰な反応を抑えることで不安や恐怖を和らげ、めまいを起こしにくくします。
・SSRIによるPPPDの治療
SSRIにはフルボキサミン、パロキセチン、エスシタロプラム、セルトラリンがありますが、エスシタロプラム、セルトラリンが使われるのことが多い印象です。
フルボキサミンは薬物相互作用が多く、パロキセチンは中断による離脱症状が大きいからですかね。
抗うつ作用と同様に効果が出るまで時間を要します。抗うつ効果が出るのは2~4週間程度ですが、PPPDの場合は8~12週間程度かかります。前述したようにPPPDは前庭系や扁桃体が過敏状態です。過敏な状態が改善しても脳が正常な状態を再学習して、めまいを起こさない状態にまでしなくてはなりません。そのため約3ヶ月の期間を要するわけです。
またいずれの薬も少量から開始することになります。SSRI服用初期には吐き気、下痢、食欲不振などの胃腸障害が多くでます。使っているうちに慣れていくので、少量から開始して副作用の頻度を下げるためですね。
今回の記事でPPPDについてとSSRIが有効な理由について理解できたでしょうか?
視覚刺激や特定の環境でめまいが起きることは昔から知られていましたが、持続性知覚性姿勢誘発めまいという病名がつけられたのは2017年と比較的最近です。またSSRIを含め、PPPDに保険適応のある薬もありません。そのうち保険適応のある薬が登場するかもしれませんが、しばらくはSSRIの適応外処方でしょう。SSRIはうつ病や不安障害以外の患者にも適切に扱えるよう、再度勉強し直すようにしましょう。
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