先日薬学生から勉強について聞かれ、β遮断薬は糖尿病に禁忌なのか、そうではないのか分からないとのことでした。一昔前の薬学教育ではβ遮断薬は糖尿病や脂質異常症などの代謝性疾患に禁忌と覚えさせられていた気もします。実際は β遮断薬=糖尿病に禁忌 ではないです。しかし糖尿病性ケトアシドーシスでは禁忌ですし、糖尿病でも使いやすいとは言えません。
今回の記事ではβ遮断薬がなぜ糖尿病では使い辛いのかの理由について解説します。学生時代に勉強した内容を思い出しながら復習してもらえればと思います。
まず初めにβ遮断薬が禁忌の糖尿病性ケトアシドーシスについて学びましょう。
・糖尿病性ケトアシドーシスについて
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)は、インスリンが極度に不足することで、体内の脂肪が分解され、その結果ケトン体が増加することで血液が酸性になる状態を示します。
生体はグルコースをインスリンによって血中から細胞内に取り込み、解糖系⇒TCAサイクル⇒電子伝達系を経てエネルギー(ATP)を産生します。
しかし何らかの影響でインスリンが不足してしまうと細胞内にグルコースが取り込めなくなり、エネルギー産生が出来なくなってしまいます。
主な原因としては1型糖尿病におけるインスリン注射の不足、重度の2型糖尿病によるインスリン抵抗性、感染症や外傷などによるストレスがあります。
※ストレスがかかることでストレスホルモンのコルチゾールが分泌される。コルチゾールは血糖値を上昇させるため、インスリンの必要量が多くなり、DKAを起こしやすくなる。
このようにインスリンの絶対的な不足や、インスリン抵抗性の増加により血中の糖が細胞内に取り込めなくなり、飢餓と同じ状態になるわけです。
細胞に糖が取り込めずエネルギーとして利用できないので、体は糖が足りていないのと錯覚し、脂肪細胞を分解し、遊離脂肪酸とグリセロールを産生します。
※脳はインスリン非依存的に糖を取り込めるので、脳に糖は足りている。
グリセロールは糖新生に利用され、遊離脂肪酸はβ酸化しエネルギーを産生し、最終的にケトン体ができます。このケトン体が酸性物質であり、アシドーシスの原因になります。
※β酸化でアセチルCoAが産生される。アセチルCoAはTCAサイクルに入って代謝されるが、インスリンが不足しているとTCAサイクルの働きが低下しており、アセチルCoAが代謝しきれない。代謝されずに余ったアセチルCoAが肝臓でケトン体に変換される。
・ケトアシドーシスの症状
DKAには様々な症状があります。メカニズムと一緒に理解しておきましょう。
前述したようにDKAでは血液が酸性に傾いています。それを補うために深く速い呼吸が規則正しく持続します(クスマウル呼吸)。
産生されたケトン体のうちアセトンは揮発性であり、肺交換の際に血液から呼気によって排出されます。アセトンが呼気に含まれることにより、息から甘酸っぱい香りがします。
⇒アセトン臭
血糖値が異常に高くなることでブドウ糖が腎臓でろ過しきれなくなり尿中に排出されます。尿中のブドウ糖濃度が上昇することで尿の浸透圧が高くなり、尿管に体内の水分が移動します。
⇒多尿、口喝、脱水、体重減少
多尿になるとブドウ糖とともにナトリウムやカリウムなどの電解質も失われます。これらの電解質のバランスが崩れることによって、骨格筋や平滑筋の収縮機構に異常をきたし、消化管の機能も悪化します。さらにケトン体は嘔吐中枢やCTZを刺激します。
⇒膨満感、腹痛、嘔吐
高血糖による浸透圧の影響で細胞から血管内に水分が引き寄せられますが、脳細胞からも水分が移行します。その結果脳細胞が脱水状態になります。
またアシドーシスによりpHが低下すると神経伝達物質の受容体や脳細胞のイオンチャネルが機能不全を起こし、神経伝達に異常をきたします。
⇒意識障害、昏睡
ここまではDKAについて学びました。続いてDKAを含む糖尿病ではβ遮断薬はどのような関係にあるか見てみましょう。
・β遮断薬と糖尿病の関係
記事の冒頭で紹介したようにβ遮断薬は原則、DKAに禁忌です。
この理由としては前述したようにDKA患者は多尿で電解質異常を起こしており、骨格筋や平滑筋の収縮機構に異常をきたしていることがあります。これは心筋でも同様です。
β遮断薬はβ1受容体を遮断することで心収縮力を低下させます。そのため心収縮力の低下を増強してしまう可能性があるため禁忌となるわけですね。
また糖尿病患者では血糖コントロールが不良で低血糖になることがあります。この低血糖に対してβ遮断薬は望ましくありません。その理由を見てみましょう。
低血糖症状として異常な空腹感の他に動悸、冷や汗、手の震えといったものがあります。これらは交感神経の興奮によるものです。
低血糖状態になると体は血糖値を上昇させようとします。
肝細胞のβ2受容体を刺激することで肝臓に貯蔵されているグリコーゲンがブドウ糖に分解され、血液中に放出されます。さらに乳酸・アミノ酸・グリセロールからブドウ糖を作る糖新生も促進されます。
脂肪細胞でβ3受容体が刺激されることで、トリグリセリドが分解され、遊離脂肪酸やグリセロールが血中に放出されます。遊離脂肪酸はβ酸化されてエネルギーになり、グリセロールは肝臓での糖新生の原料となります。
このように交感神経の働きが増強することで血糖値が上昇し、低血糖を改善しようとします。しかし交感神経の興奮は血糖値の上昇だけでなく、動悸、冷や汗、手の震えといった症状も併発してしまいます。これが低血糖症状の原因です。
※異常な空腹感は血糖値の急降下による脳の摂食中枢を刺激が原因です。
β遮断薬は動悸、冷や汗、手の震えといった症状を隠してしまいます。またβ2受容体を遮断することでグリコーゲンからのブドウ糖の産生および糖新生が抑制されてしまいます。
このように低血糖による症状を隠す、低血糖からの回復を遅らせるといった理由により、β遮断薬は糖尿病には使い辛いといえます。
β遮断薬と血糖降下剤の両方を使用している患者には、低血糖症状が見抜きにくいです。しかし異常な空腹感と冷や汗は症状がマスクされにくいです(空腹感は血糖値の急降下、冷や汗は交感神経の興奮によるM3受容体の刺激が原因)。そのためβ遮断薬を使用している人にはこの2つの症状に注意すれば発見しやすいかもしれません。
今回の記事でβ遮断薬と糖尿病の関係について分かったでしょうか?
学生は今回の記事に書いた内容を教えてあげたら理解できたようで助かりました。日々実務をこなしていると、いつの間にか当たり前のように暗記していて、なぜ?と聞かれた時に答えられない内容もあると思います。このブログは薬学生にも向けて書いています。現役の薬剤師もたまに学生時代の復習をしつつ、薬や疾患に対する理解を深めて頂ければと思います。
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