またまた忙しさのあまり更新が途絶えてしまいました。申し訳ございません。ようやく1つ記事を書き終えることが出来ました。2025年6月24日にVHL病関連腫瘍と腎細胞がんに有効な、新しい作用機序の薬であるウェリレグ®錠が承認されました。なかなかユニークな作用機序なので、今回の記事で紹介したいと思います。
まず初めにVHL遺伝子とVHL病について学びましょう。
VHL(von Hippel-Lindau:フォン・ヒッペル・リンドウ)遺伝子とは癌抑制遺伝子です。発癌の初期過程に関わっていることが分かっています。VHL遺伝子の産物であるVHLタンパク質は低酸素誘導因子(hypoxia-inducible factor:HIF)を分解します。
※HIFはDNAの転写領域に結合して造血因子のエリスロポエチンの産生を促進することにより、赤血球を増加させます。
腫瘍細胞で産生されるサイトカインに腫瘍細胞増殖因子-α(TGF-α)がありますが、これは上皮細胞成長因子受容体(EGFR)のリガンドとして働き、細胞の分化・増殖、血管新生の因子として働きます。
低酸素状態ではHIFが活性化されますが、HIFはTGF-αの発現を誘導することが知られています。
またTGF-αもHIFの活性を調節することが知られています。
※HIFとTFG-αの関係は様々な因子、条件によって複雑に影響し合います。
EGFRの過剰な発現は細胞の癌化や浸潤、転移に関わるようになります。
VHL遺伝子に変異が生じるとVHL遺伝子の産物であるVHLタンパク質が機能異常を起こし、HIFが分解されなくなってしまいます。
その結果、低酸素状態で活性化されたHIFがTGF-αを過剰に産生していまい、癌細胞の発生、増殖につながります。
VHL(フォン・ヒッペル・リンドウ)病とは、VHL遺伝子変異が原因で腫瘍が生じる遺伝性腫瘍症候群です。
※VHL遺伝子の変異は優性遺伝です。
フォン・ヒッペル・リンドウ病で発生する腫瘍は小脳・延髄・脳幹などの中枢神経系の血管芽腫、網膜血管腫、腎細胞癌、褐色細胞腫、膵神経内分泌腫瘍、膵嚢胞、精巣上体嚢胞線種、子宮広間膜嚢胞腺腫などがあります。
※どの腫瘍も多発し、ほぼ一生のあいだ再発します。
ここまででVHL遺伝子、VHLタンパク質と癌の関係が理解できたでしょうか?
ここでウェリレグ®錠について見てみましょう。
・作用機序について
ウェリレグ®錠の有効成分はベルズチファンといい、HIF-2α阻害剤です。
※HIFにはいくつか種類があり、なかでもHIF-2αは血管内皮細胞や腎臓においてエリスロポエチンの合成や鉄代謝に関与しています。
HIF-2αとアリール炭化水素受容体核内輸送体(ARNT)と結合し核内に移行されますが、ベルズチファンはHIF-2αとARNTの結合を阻害することで、HIF-2αが核内に移行されなくなり、HIF-2αによる転写が阻害され、細胞周期の停止、血管新生の阻害が生じ、結果として腫瘍の増殖が抑制されます。
・効能、効果について
効能・効果については以下のようになっています。
・フォン・ヒッペル・リンドウ病関連腫瘍
・がん化学療法後に増悪した根治切除不能又は転移性の腎細胞癌
前述したようにフォン・ヒッペル・リンドウ病はVHL遺伝子の異常によりHIFの分解が抑制され、その結果腫瘍が増殖します。HIF-2αの働きを阻害することで腫瘍の増殖が抑制されるのは分かりますね。
また「がん化学療法後に増悪した根治切除不能又は転移性の腎細胞癌」に対する有効性が認められています。HIF-2αは血管内皮細胞や腎臓で働くので、HIF-2αを阻害すれば腎細胞がんに効果があるのは分かりますね。
腎細胞がんの治療は抗PD-1抗体のニボルマブ、ペムブロリズマブ、抗PD-L1抗体のアベルマブといった免疫チェックポイント阻害薬、エベロリムスといったmTOR阻害薬、カボザンチニブ、アキシチニブといった血管内皮細胞増殖因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬(VEGFR-TKI)がありますが、これらの薬物療法後に進行した場合の有効な治療法は確立されていません。
ウェリレグ®錠が新たな選択肢として登場した形になります。
・用法、用量について
「通常、成人には、ベルズチファンとして、1日1回120mgを経口投与する。なお、患者の状態により適宜減量する。」
となっています。ウェリレグ®錠の規格が40mgなので、1回3錠ですね、食前食後の記載はありません。インタビューフォームによると高脂肪食摂取後に投与した場合はCmaxが低下するようですが、AUCは変わらないようです。そのため食事に関係なく服用可能です。
・副作用について
貧血(74.4%)、低酸素症(10.4%)となっています。HIFの阻害により造血因子であるエリスロポエチンが作られなくなるので、当然の副作用でしょう。
その他にも10%以上の副作用に悪心と倦怠感があります。倦怠感については低酸素によるものでしょう。
・代謝、排泄について
ベルズチファンはウリジン5’-二リン酸グルクロン酸転移酵素(UGT)2B17、CYP2C19により代謝されます。またCYP3A4を酵素誘導します。そのためUGT2B17・CYP2C19阻害薬、CYP3A4で代謝される薬物と相互作用を生じます。
UGT、CYPはいずれも肝臓の代謝酵素なので、肝機能に障害のある患者には注意が必要です。
ただし副作用の発現割合や重症度が高くなる”おそれがある”との表記なので、なんとも言えませんね。
健康成人にベルズチファンを単回経口投与した場合、糞中に51.7%、尿中に49.6%が排泄され、尿中の未変化体は6%だったと記載されています。このことから腎障害患者に対する投与はほぼ問題はないでしょう。
・妊婦への投与について
女性はウェリレグ®錠の投与中および最終投与後1週間は避妊が必要となります。
ラットを用いた胚・胎児発生試験において、臨床曝露量を下回る曝露量で胚・胎児死亡、胎児体
重の減少及び胎児の骨格異常が認められたためとされています。
男性もウェリレグ®錠投与中および最終投与後1週間は避妊が必要となります。
ラットを用いた反復投与毒性試験において、臨床曝露量を下回る曝露量で精巣の非可逆的な萎縮及び変性並びに精子減少が認められたためです。
以上でフォン・ヒッペル・リンドウ病およびウェリレグ®錠について理解できたでしょうか?
フォン・ヒッペル・リンドウ病の治療には手術や放射線治療などがありますが、薬物療法がありませんでした。ウェリレグ®錠は初めてフォン・ヒッペル・リンドウ病の全身療法に有効な薬剤です。
また腎細胞がんは摘出手術をしても再発率が3割と高く、再発後の治療は免疫チェックポイント阻害剤や分子標的薬が使われていました。しかしそれらの治療後に増悪したケースでは治療法がありませんでした。 ウェリレグ®錠はそれらの化学療法後に増悪したケースで初めて抗腫瘍効果を示しました。
このように1つでも治療法が確立されるのは喜ばしいことです。これからもどんどん癌に対する新しい治療法が確立されるのを望んでいます。
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