2025年11月12日にノバルティスファーマ株式会社から遠隔転移去勢抵抗性前立腺癌の治療薬であるプルヴィクト®静注が発売されました。特定の施設に入院して使う薬なので、薬局で扱うことはまずないですが、プルヴィクト®静注について知ることで学べることが非常に多いです。そのため記事にして紹介することにしました。是非病態と薬について同時に学んで下さい。
・前立腺癌について
前立腺癌は増殖にホルモンを必要とし、ホルモン依存性腫瘍と呼ばれます(他のホルモン依存性腫瘍には乳癌があります)。
前立腺癌はアンドロゲンによって増殖します。主に精巣、その他では副腎皮質で作られたアンドロゲンが前立腺癌のアンドロゲン受容体(AR)に結合することで、癌細胞が増殖することになります。
そのため前立腺癌はアンドロゲン受容体を阻害することで増殖を防げます。これをホルモン療法といいます。ホルモン療法は前立腺癌などのホルモン依存性腫瘍に優れた効果を発揮しますが、ホルモン療法は数年続けていると、効果が減弱してきてしまいます。これは癌細胞内でアンドロゲン受容体の数が増加したり、受容体の感受性が増加するなどの原因が考えられています。このようにホルモン療法が効かなくなった前立腺癌を、去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)といいます。
またがん細胞は血管やリンパ管に入り込むと、血液やリンパ液にのって他の組織に転移し、そこで増殖します。これを遠隔転移といいます。遠隔転移した移去勢抵抗性前立腺癌を遠隔転移去勢抵抗性前立腺癌(mCRPC)といいます。遠隔転移去勢抵抗性前立腺癌は特に骨転移を起こしやすく、その他はリンパ節に多く、肝臓や肺に転移することもあります。
※遠隔転移しない去勢抵抗性前立腺癌を非転移性去勢抵抗性前立腺癌といいます。
ここまでで前立腺癌について分かったでしょうか?それではプルヴィクト®静注が効能を発揮するカギとなる前立腺特異抗原について解説します。
・前立腺特異抗原について
ほとんどの前立腺癌細胞には前立腺特異的膜抗原(以下PSMA)が発現しています。正常細胞にもPSMAは発現していますが、その量は非常に少ないので、PSMAの発現量と前立腺癌の進行度、悪性度には相関性があるといえます。
cCRPCではほぼ間違いなくPSMAの発現量がさらに増加します。そのためPSMAを標的とした治療法がmCRPCのにとって有効であることが分かります。
・プルヴィクト®静注の作用機序
プルヴィクト®静注の有効成分はルテチウムビピボチドテトラキセタン(177Lu)といい、これは放射性医薬品です。これはPSMAに対するリガンドであるビピボチドテトラキセタン(PSMA‐617)にルテチウム-177(177Lu)を結合させた複合体です。PSMA‐617はPSMAのリガンドなので、PSMAに結合します。
細胞内に取り込まれた177Luはβ線を放出することでDNAを損傷し、癌細胞が傷害を受け腫瘍の増殖が抑制されます。
前述したようにPSMAは前立腺癌細胞に多く発現しますが、正常細胞に発現する量は非常に少ないです。また体内での177Luによるβ線の飛距離は平均して約0.67mm、最大でも約2mmと非常に短いです。これにより高い選択性をもち、周辺の正常組織の傷害が最小限に抑えられることで高い治療効果が期待できるわけですね。
・効能効果、用法用量について
プルヴィクト®静注の適応は「PSMA陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺癌」となっています。
また”効能又は効果に関連する注意”に「アビラテロン、エンザルタミド、アパルタミド又はダロルタミドによる治療歴のない患者における有効性及び安全性は確立していない。」と記載されています。
このことから分かるようにプルヴィクト®静注が使えるのはあくまでmCRPCであり、アンドロゲン受容体シグナル阻害薬を使ってもダメだった場合になります。
また前立腺癌のVISION試験では、標準治療に上乗せして使用することで有効性と忍容性(安全性・副作用)が確認されました。つまりアンドロゲン受容体シグナル阻害薬と併用するのが基本となります。
用法・用量は以下のようになっています。
「通常、成人にはルテチウムビピボチドテトラキセタン(177Lu)として1回7.4GBqを6週間間隔で最大6回静脈内投与する。なお、患者の状態により適宜減量する。」
ルテチウムビピボチドテトラキセタン(177Lu)は1バイアル中に7.4GBq含まれています。つまり1回1バイアルを使うことになります。1回1バイアルを6週間おきに使用、最大6回までということになります。なお副作用がある場合、その程度によって減薬や休薬を行います。
GradeはNCI-CTCAE ver5.0に準じて評価します。
CTCAEとは Common Terminology Criteria for Adverse Eventsの略であり、有害事象共通用語規準を意味します。有害事象の重症度をGrade1~5で分類します。
(1:軽症 2:中等症 3:重症 4:生命を脅かす 5:死亡)
日本語版CTCAE ver5.0はこちらです ⇒ 有害事象共通用語規準 v5.0日本語訳JCOG版
・副作用について
重大な副作用として骨髄抑制があります。内訳としては貧血(22.4%)、血小板減少症(13.5%)、白血球減少症(12.3%)、リンパ球減少症(9.2%)、汎血球減少症(1.0%)、
骨髄機能不全(0.1%)とされています。その他に腎機能障害(3.6%)、胃腸障害として口内乾燥(41.1%)、悪心(26.6%)、嘔吐(10.2%)となっています。
前述したようにPSMAに多く発現していますが、正常な細胞に微量ですが発現しています。その中でも唾液腺や腎臓、小腸はPSMAが比較的多い部位なので、これらの副作用が起きるのは当然でしょう。骨髄抑制については細胞分裂が活発に行われている部位なので、当然副作用が起きやすいからですね。
・専用施設での入院が必須
前述したようにプルヴィクト®静注は177Luがβ線を放出することで細胞を傷害します。しかし実際にはβ線以外にもγ線も放出してしまいます。β線は飛距離が短いためほとんど体から出ませんが、γ線は飛距離が長く、体外へ出てしまいます。さらに放射線は汗や尿にも含まれるため、周囲への被爆を避けなければなりません。
そのため放射線量に低下するまで(1~2日程度)、放射線治療病室または特別措置病室に入院しなければなりません。
入院する際も放射線物質が付着するのを防ぐため、持ち物は最小限にし、衛生用品は使い捨てを使用します。
プルヴィクト®静注投与前後はなるべく多く水分を摂取しなくてはなりません。排尿を促すことで、前立腺癌細胞内に取り込まれなかった薬物を排泄を促し、膀胱の被曝を軽減させるためですね。
その他にも入浴禁止、面会禁止、さらにプルヴィクト®静注投与後は7日間は周囲となるべく距離をとらないといけません。入院中の1~2日間ならまだしも、退院後の7日間の制限は辛いですね。
※詳しくはノバルティスファーマ株式会社の患者さんと家族向けの資材を確認して下さい。 ⇒ プルヴィクト静注による治療を受ける患者さんとご家族の方へ(2025年9月作成)
今回の記事でプルヴィクト®静注について理解できたでしょうか?
放射性医薬品なので制限や規制が多いですが、アンドロゲン受容体シグナル阻害薬との併用で有効性が認められたのも事実です。前立腺癌はホルモン療法に対して抵抗性があり、また転移もしやすい癌です。従来の治療法に加えてさらに効果の高い治療法ができたのはいいことかもしれません。ですが、そもそも前立腺癌は早期発見・早期治療であれば、前立腺癌は高い確率で治癒が可能な癌です。健康診断や人間ドック等でPSA検査を受けて早期発見することが最も大切でしょう。
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