ヒヤリ・ハット分析 甲状腺機能低下症患者に健胃薬が処方されそうになった事例

ヒヤリ・ハット

先日社内でチラーヂン®S錠が処方されている患者に、つくしAM配合散®が処方されそうになったのを疑義照会により防止した事例がありました。つくしAM配合散®の禁忌は以下のようになっています。

チラーヂン®S錠とつくしAM配合散®の薬同士の相互作用に問題はありませんが、定時薬から患者の疾患を確認し、疾患と処方薬の組み合わせに問題があることを見極めた素晴らしい事例です。健胃薬は頻繁に処方されることがありますし、またチラーヂン®S錠が処方されている患者も大勢います。気を付けていないと誰でもミスを起こしかねない事例なので、今回の記事で甲状腺機能低下症と副甲状腺機能亢進症の2つの疾患と、健胃薬の中身について確認しておきたいと思います。


・甲状腺機能低下症について
まず初めに甲状腺ホルモンについて確認しましょう。
甲状腺ホルモンは甲状腺から分泌されますが、それには視床下部からTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)が分泌され、TRHの刺激を受けた下垂体前葉がTSH(甲状腺刺激ホルモン)を放出します。TSHは甲状腺を刺激し、甲状腺ホルモンが分泌されます。

分泌された甲状腺ホルモンは視床下部、下垂体前葉にnegative feedbackをかけ、TRH、TSHの分泌を抑制します。
甲状腺ホルモンはチロキシン(T4)トリヨードチロニン(T3)がありますが、多く分泌されるのはT4です。T4は末梢組織でT3に代謝されます。T4は生理活性が弱く、T3は生理活性が強くなっています。


甲状腺ホルモンについて分かったところで、甲状腺機能低下症について確認しましょう。
甲状腺機能低下症は何らかの原因で血中の甲状腺ホルモンの量が低下してしまう疾患です。主な甲状腺機能低下症には以下のようなものがあります。

橋本病
慢性甲状腺炎ともいいます。甲状腺に対する自己抗体ができ、この自己抗体が甲状腺を破壊し、甲状腺が慢性的な炎症を生じ、徐々に甲状腺ホルモンが低下していく疾患です。
甲状腺ホルモンの不足により易疲労感、無気力、低体温、全身浮腫、体重増加、乾燥肌、嗄声などが生じます。またコレステロール値は上昇します。

・クレチン病
先天的な甲状腺機能低下症です。甲状腺そのものが無かったり、あるいは非常に小さかったりして、甲状腺ホルモンが十分に作られない状態です。
甲状腺ホルモンの不足により知能や精神の発達が不十分であったり、低身長になったりします。

・粘液水腫
原発性・続発性と原因は様々ですが、成人になって甲状腺ホルモンが極端に低下し、その結果皮下組織にムコ多糖類が沈着したものです。ムコ多糖類は水分を保持するため、全身に重症化した浮腫が表れます。
浮腫の症状としては粘液水腫顔貌(眼瞼浮腫や口唇浮腫など)、嗄声(のどの浮腫による)、乾燥肌、認知機能の低下、易疲労感、心拡大、粘液水腫性昏睡などがあります。


さて記事の冒頭で紹介した健胃薬が、なぜ甲状腺機能低下症に禁忌なのでしょうか?
甲状腺から分泌されるホルモンにはチロキシン、トリヨードチロニンの他にカルシトニンもあります。カルシトニンの働きは以下のようなものです。

・破骨細胞を抑制し、骨吸収の抑制
・遠位尿細管でCa²⁺の再吸収の抑制
・近位尿細管でリンの排泄を促進

これらはいずれも血中カルシウム濃度を低下させることになります。
※骨吸収により骨にヒドロキシアパタイトとして含まれているCa²⁺が血中に流出。Ca²⁺はリン(P)、OH⁻とともにヒドロキシアパタイトになる。

甲状腺機能低下症になるとカルシトニンの分泌も低下してしまい、結果として血中カルシウム濃度が上昇することになります。血中カルシウム濃度が高くなりすぎると高カルシウム血症の原因となります。
※高カルシウム血症になった場合は血清カルシウム値が12mg/dL未満の場合は無症状ですが、12~14mg/dLになると悪心嘔吐、口喝、多尿、多飲、筋力低下などの症状が出てきます。14mg/dLを超えると傾眠、せん妄、意識障害、急性腎障害などがおきてきます。

さてここで代表的な健胃薬の中身を見てみましょう。

いずれも沈降炭酸カルシウムが含まれています。
そのためカルシトニンが低下している状況でカルシウムを含んでる健胃薬を服用することで高カルシウム血症になるリスクが上昇するわけです。


・副甲状腺機能亢進症について
まずは副甲状腺についてですが、これは甲状腺の裏側の上下左右に存在する、大きさは数ミリの上皮小体とも呼ばれる組織です。

副甲状腺からは副甲状腺ホルモン(パラトルモン)が分泌されています。パラトルモンの働きは以下のようなものです。

・破骨細胞を活性化し、骨吸収を促進
・遠位尿細管でCa²⁺の再吸収の促進
・近位尿細管でリンの再吸収の抑制
・近位尿細管でビタミンD3の活性化促進

リンに対する作用以外はパラトルモンと真逆です。つまり血中カルシウム濃度を上昇させる働きがあります。
※破骨細胞の活性化により骨中のヒドロキシアパタイトからCa²⁺が血中に流出。活性化ビタミンD3により消化管からCa²⁺の吸収が促進。

副甲状腺機能亢進症とは何らかの原因で副甲状腺の働きが活性化し、パラトルモンの産生が過剰になってしまう疾患です。
原発性のものとしては副甲状腺の線腫(良性の腫瘍)、過形成、悪性腫瘍続発性のものとしては慢性腎不全によるものがあります。
※慢性腎不全になるとビタミンD3の活性化が抑制し、血中カルシウム濃度が低下します。またリンの排泄が抑制され、血中リン濃度が上昇します。これを補うために副甲状腺が亢進します。

副甲状腺機能亢進症により血中カルシウム濃度が上昇している状況で、健胃薬に含まれる沈降炭酸カルシウムを投与することで高カルシウム血症のリスクが増大してしまうので禁忌になるわけですね。


甲状腺機能低下症、副甲状腺機能亢進症のどちらも血中カルシウム濃度が上昇してる状態にあるので、これにカルシウムを含む健胃薬が禁忌になるのは分かりました。
しかしカルシウム剤はどうでしょう?カルシウム製剤であるL-アスパラギン酸カルシウム(アスパラCA錠)、乳酸カルシウム、あるいはデノタス®チュアブル配合錠(沈降炭酸カルシウムを含む)ではいずれも禁忌に関しては「高カルシウム血症の患者」となっています。

高カルシウム血症の患者に禁忌なのは当然ですが、甲状腺機能低下症や副甲状腺機能亢進症なだけでは禁忌にならないようです。しかし添付文書は公的文書ではありますが、現実とは異なることが書かれていることもあるのは事実です。アセトアミノフェンの禁忌がNSAIDsの禁忌をそのままあてはめていて、日本運動器疼痛学会が禁忌解除の要望を提出し、変わったのがいい事例です。
参考記事 ⇒ アセトアミノフェンの禁忌の緩和 NSAIDsと比較して内容を理解
これらのカルシウム製剤でも甲状腺機能低下症や副甲状腺機能亢進症の患者に処方された場合は、念のため医師に確認してみるのもよいでしょう。添付文書も暗記するのではなく、なぜ禁忌なのかメカニズムを考えると疑義照会すべき事例が出てくるかもしれません。今後も記事で色々な事例を紹介していくので、参考にして日々の業務に役立ててくれたら嬉しいです。

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