公益財団法人日本医療機能評価機構の薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業の事例で非常に興味深いものがありました。これは薬局と患者が気軽に話し合える関係性が築けていて、なおかつ薬剤師が服用中の薬との相互作用に気づいて報告したが、実際には不適切だった事例です。さらに病院もその情報提供の間違いに気付かず検査が中止になりました。
この事例で多くの学びがあります。今回はこれをじっくり見て多くの事を一緒に学びたいと思います。
【事例の紹介】
エクメット配合錠HDを服用している患者が医療機関に行く前に薬局へ立ち寄り、脳梗塞の疑いがあるため造影剤を使用するMRI検査を受けることを薬剤師に話した。薬剤師は、造影剤を使用する検査であれば検査前後にエクメット配合錠HDの服用を中止する必要があると考えたが、医療機関からは服用中止の指示はなかった。薬剤師は患者のお薬手帳にコメントを記載してエクメット配合錠HDの添付文書を挿み、検査前に医師に見せるように患者に説明した。検査は直前に中止され、延期になった。
【推定される要因】
医療機関はお薬手帳を確認したようだが、エクメット配合錠HDがメトホルミン製剤であると気付かなかった可能性がある
【注意】
MRI検査で使用する造影剤はヨード造影剤ではないため、MRI検査の前後にメトホルミン製剤の投与を中止する必要はありません。
⇒つまり不適切な情報提供をしてしまったわけです。
まず今回の検査について見てみましょう。
「脳梗塞の疑いがある」となっているのでMRIを使って脳血管を見ることになります。脳の検査にはCTもありますが、CTは脳で出血を伴うものによく用いられます(出血した箇所が白く映ります)。検査時間も短時間で済むのでクモ膜下出血、急性硬膜外血種など一刻を争う疾患が疑われる時に優れた効果を発揮します。
一方脳梗塞は脳血管が詰まった状態なので出血を伴わず、CTでは発見が難しいです。
※壊死した脳細胞は黒く映りますが、それにはかなりの時間を要します。
そのため脳血管をしっかり映し出すMRIが用いられるわけですね。
CTもMRIも検査前に造影剤を用いることになります。
脳のCTにはヨード造影剤を用います。脳のMRIではガドリニウム造影剤を用います。
どちらも画像にコントラスト(白黒の差)をつけ、画像をより鮮明にするためです。
さて今回の事例で患者さんが服用していたのはエクメット®配合錠です。エクメット®配合錠はエクア®(ビルダグリプチン)とメトグルコ®(メトホルミン)の合剤です。まずはメトホルミンについておさらいしましょう。
メトホルミンの副作用で最も注意しなくてはならないのは乳酸アシドーシスです。
※乳酸アシドーシスについては過去の記事も参考にして下さい⇒「糖尿病と乳酸アシドーシス」
添付文書の「警告」にも
「重篤な乳酸アシドーシスを起こすことがあり、死亡に至った例も報告されている。乳酸アシドーシスを起こしやすい患者には投与しないこと。腎機能障害又は肝機能障害のある患者、高齢者に投与する場合には、定期的に腎機能や肝機能を確認するなど慎重に投与すること。特に75歳以上の高齢者では、本剤投与の適否を慎重に判断すること。」
と書かれています。
メトホルミンの薬物動態について少し見てみましょう。
メトホルミンはそのほとんどが代謝されずに腎臓から排泄されます。そのため腎機能障害のある人には注意が必要です。添付文書では「重度の腎機能障害(eGFR 30mL/min/1.73m2未満)のある患者又は透析患者(腹膜透析を含む)」に禁忌とされています。
メトホルミンは肝臓で代謝されませんが、肝機能が低下している人にも注意が必要です。肝機能が低下していると乳酸の代謝が低下し、乳酸アシドーシスを起こすリスクが上昇するためです。
さて今回の問題点であるヨード造影剤とメトホルミンの併用について見てみましょう。
ヨードには腎毒性があります(詳しい作用機序は不明です)。
※ヨードにより尿細管が壊死することにより引き起こされる腎障害を造影剤腎症といいます。造影剤腎症の定義は「造影剤の投与後72時間以内に血清クレアチニン値が前値より0.5mg/dL以上または25%以上増加」したものとされています。
腎機能障害によりメトホルミンの排泄が阻害され、血中濃度が上がり、結果として副作用である乳酸アシドーシスが生じやすくなることになります。
以上の事からヨード造影剤とメトホルミンを併用すると副作用である乳酸アシドーシスのリスクが高くなるわけですね。
添付文書の「基本的な注意事項」の欄に
「ヨード造影剤を用いて検査を行う患者においては、本剤の併用により乳酸アシドーシスを起こすことがあるので、検査前は本剤の投与を一時的に中止すること(ただし、緊急に検査を行う必要がある場合を除く)。ヨード造影剤投与後48時間は本剤の投与を再開しないこと。なお、投与再開時には、患者の状態に注意すること。」
と書かれています。検査前の一時的な中止に明確な決まりはありませんが、2日くらい中止するのがいいみたいです。
この事例の薬剤師さんはMRIの検査にヨード造影剤を使うと思って、患者さんの服用しているエクメット®配合錠HDを中止しないと乳酸アシドーシスを起こす可能性が高いと思って病院に情報提供をしたわけですね。また病院もMRIに使う造影剤がヨード造影剤と思い込んでしまったのかもしれません。しかし先述したように脳のMRIにはガドリニウム造影剤を使います。
ガドリニウム造影剤はヨード造影剤ほどの腎毒性はなく、ガドビスト®静注やマグネビスト®静注などいずれのガドリニウム造影剤の添付文書にも、メトホルミンとの併用に関する記載はありません。
※ただし重篤な腎障害の患者にガドリニウム造影剤を投与したことにより腎性全身性線維症(NSF)が報告されており、重篤な腎障害には使えません。
今回のケースでは結果としては不適切な情報提供を行ってしまったわけですが、個人的にはこの薬剤師さんはとても優れた人だと思います。
・患者さん自ら薬局に立ち寄り、MRIを受けることを報告してくれた。(信頼関係が築けている)
・薬剤師は患者さんの服用中の薬を把握しており、そこで疑問を感じることが出来た。
・怪しいと思ったのでお薬手帳を活用し、さらに添付文書までつけて病院に情報提供をした。
これだけの事をやってくれるので、間違いなく優秀な人でしょう。私が患者だったらこんな人にお世話になりたいです。
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