先日当薬局に持ち込まれた処方箋が以下の内容でした。
Rp(1) (般)ビソプロロールフマル酸塩(2.5) 1錠
1日1回 朝食後 90日分
Rp(2) (般)シベンゾリンコハク酸塩(100) 3錠
1日3回 毎食後 90日分
シベンゾリンコハク酸塩は出荷調整で先発品も後発品も入荷が不可だったので、病院に連絡して他剤への変更をお願いしました。大病院だったので薬剤部を通して疑義照会します。その結果ジゾピラミドリン酸塩徐放錠(150)1日2錠に変更になりました。大病院の薬剤部だったので詳細も詳しく教えてくれました。
(回答)閉塞性肥大型心筋症で使っていますが、ジゾピラミドもガイドラインに推奨されているので、ジゾピラミドリン酸徐放錠(150)を2錠、1日2回に変更します。
てっきり不整脈で処方されているのと思いましたが、閉塞性肥大型心筋症での治療でした。処方を見ただけでは分からないケースですので、今回の記事で詳細を紹介しようと思います。病態となぜ今回の抗不整脈薬が使われるのかを理解いて頂ければと思います。
まず初めに閉塞性肥大型心筋症について学習しましょう。閉塞性肥大型心筋症は肥大型心筋症の一種です。
・肥大型心筋症とは
肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy:以下HCM)とは、心肥大の原因となる疾患(高血圧や弁膜症)がないにもかかわらず心室が肥大する疾患です。
※遺伝的要因が原因と考えられています。通常は左心室が肥大しますが、右心室が肥大することもあります。
心室筋が肥大・肥厚することで拡張障害を起こします。
自覚症状がない人もいますが、症状がある場合は不整脈を起こし動悸・運動時の息切れ・胸の不快感(圧迫感)などを生じます。重症の場合は心不全による脳への血流不足による失神、心房細動に伴う血栓塞栓症を起こすことがあります。
左心室から大動脈に血液が流れる部位を左室流出路(LVOT)といいますが、この左室流出路が閉塞したタイプを閉塞性肥大型心筋症(以下HOCM)といい、閉塞していないタイプを非閉塞性肥大型心筋症(以下HNCM)といいます。
HOCMは左室流出路が閉塞している分、心負荷が大きく症状が出やすく、HNCMは症状が出にくい傾向にあります。しかしHNCMも進行するとHOCMと同様に心不全や心房細動になる可能性もあります。
ここまででHOCMについて確認できたでしょうか?
現在HOCM専門の治療薬はカムザイオス®カプセルのみです。しかし今回の患者さんには使われていませんでした。カムザイオス®カプセルはHOCMなら誰にでも用いるわけではありません。実際に使うには様々な基準があります。
・HOCMにおいてカムザイオス®カプセルを用いる基準
マバカムテン(カムザイオス®カプセル)は日本循環器学会の”マバカムテンの適正使用に関するステートメント”には以下のように記載されています。
①NYHA Class II/III の症候性閉塞性肥大型心筋症患者を投与の対象とする。NYHA Ⅳ度の患
者への投与は推奨されない。
②最新のガイドラインに従い、表現型の類似する心アミロイドーシスやファブリー病などの二次
性心筋症を除外すること。
③指定難病の交付を受けていることが望ましい。
④心不全症状があり、心エコーで、左室駆出率が55%以上(出来れば60%以上であることが望ま
しい)および圧較差(安静時あるいはバルサルバ/運動負荷時に50mmHg以上)を認めることを確認する。
NYHA(ニューヨーク心臓協会)Class分類とは、心不全患者の重症度を日常生活における身体活動能力(自覚症状の程度)に基づいて分類する方法です。ClassⅠ~Ⅳに分類され、具体的には以下のようになります。
この患者さんは通常と変わらない日常生活を送っています。NYHA Class分類でⅠ度の可能性が高いでしょう。また指定難病の交付も受けていません。そのためカムザイオス®カプセルの治療は受けずに、前述した治療を受けていたのでしょう。実際にHOCMではどのような治療をするのか見てみましょう。
・HOCMの治療
・薬物療法
心不全、不整脈を防止するためにβ遮断薬、Ca拮抗薬(ジルチアゼム、ベラパミル)を用います。後述しますがⅠa群抗不整脈薬を用いることもあります。
ACE阻害薬、ARB、硝酸薬、利尿薬は血管拡張作用や循環体液量の減少により、心臓の前負荷の軽減、つまり静脈還流が減少します。HOCMでは左室流出路が閉塞しているので、還流血液量が減ると左心室の内側から心筋を押し広げる力(圧容量)が弱くなってしまい、狭窄が悪化してしまいます。そのため通常HOCMではACE阻害薬、ARB、硝酸薬、利尿薬は用いません。
※HNCMでは左室流出路が閉塞していないため、心保護作用を期待して使われるケースもあります。(エビデンスは確立されていません)
・非薬物療法
抗不整脈薬で効果が不十分な場合や緊急性のある場合に、植込み型除細動器(ICD)が用いられます。(不整脈による左心室流出路の狭窄を予防したり、心臓突然死予防のためです)
肥大した中隔心筋の一部を壊死させて取り除くために経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA)を行うこともあります。(カテーテルにより中隔心筋に高濃度のエタノールを注入し壊死させることでにより、左室流出路狭窄を解消します)
ここまででHOCMの病態、治療法について理解できたでしょうか?
今回の患者さんではβ遮断薬のビソプロロールの他に抗不整脈薬のシベンゾリンコハク酸塩が用いられていました。そしてシベンゾリンコハク酸塩が無かったため、ジゾピラミドリン酸塩徐放錠に切り替わりました。この2つの薬剤はどちらもⅠa群抗不整脈薬です。それではなぜⅠa群抗不整脈薬が用いられるのかを見てみましょう。
・HOCMにⅠa群抗不整脈薬が使われる理由
Ⅰa群抗不整脈薬はNaチャネル阻害薬ですが、ヒス束~プルキンエ線維・心室筋へと刺激が伝導する経路に最も強く作用します。これにより抗不整脈薬作用を発揮します。(一部は洞結節、房室結節にも作用します)
このように心筋でも作用するため陰性変力作用を持ちます。
HOCMは左室流出路が狭く、血液は狭い隙間を非常に速い速度で流れ出ます。その際に吸引力が発生してしまい、僧帽弁が血流に引き寄せられ、僧帽弁が閉じてしまうことがあります。(これを僧帽弁収縮期前方運動 Systolic Anterior Motion:SAMといいます)
前述したようにⅠa群抗不整脈薬は陰性変力作用をもちます。陰性変力作用により左室流出路を通り抜ける血流の速度を低下させ、SAMのリスクを軽減させるわけです。
※Ⅰb群抗不整脈薬はNaチャネルからの解離が速いためく陰性変力作用がほとんどなく、Ⅰc群抗不整脈薬は陰性変伝導作用が強いためHOCM患者では不整脈薬を誘発してしまうため用いられません。
シベンゾリンもジゾピラミドリン酸塩も保険適応は「他の抗不整脈薬が使用できないか、又は無効の場合の頻脈性不整脈」であり、HOCMは適応外処方です。しかし日本循環器学会・日本心不全学会合同の心筋症診療ガイドラインには
「ジソピラミドおよびシベンゾリンは運動時だけでなく安静時の圧較差を減少する効果も強い。そのため,β遮断薬およびカルシウム拮抗薬よりも強い自覚症状軽減効果を有する。また,ジソピラミドは長期予後改善効果が報告されている。」
「シベンゾリンについては,長期投与による持続的左室内圧較差軽減効果が得られると報告されて
いる。」
と記載されており、シベンゾリンとジゾピラミドは推奨クラスⅠ(手技・治療が有効・有用であるというエビデンスがあるか,あるいは見解が広く一致している)です。今回の患者さんにシベンゾリンが使われていたのは十分なエビデンスと理由があったからだと分かります。
今回の記事でHOCMにシベンゾリンが使われていた理由が理解できたでしょうか?
シベンゾリンやジゾピラミドのHOCMへの使用は保険適応外ですが、ガイドラインにも記載されていることから支払基金も国保連合会もHOCMへの使用を原則認めるとしています。しかし処方箋を見ただけでは病名まで分からず、なかなか学ぶ機会も少ないのが現状です。今回のようにこのような事例があった時は共有して学ぶきっかけにして頂ければと思います。
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