カムザイオスカプセルについて 肥大型心筋症と一緒に理解

循環器系の薬

書き途中のままになっていた記事があったのですが、ようやく書き終えることが出来ました。薬の作用機序もさることながら、病態やそれに関連する検査項目の説明が難しく、時間がかかってしまいました。2025年5月21日に肥大型心筋症の治療薬であるカムザイオス®カプセルが発売されました。初の閉塞性肥大型心筋症に適応をもつ治療薬です。今回の記事で薬と一緒に病態も解説します。是非ご覧になってください。


・肥大型心筋症とは
肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy:以下HCM)とは、心肥大の原因となる疾患(高血圧や弁膜症)がないにもかかわらず心室が肥大する疾患です。
※遺伝的要因が原因と考えられています。通常は左心室が肥大しますが、右心室が肥大することもあります。
心室筋が肥大・肥厚することで拡張障害を起こします
自覚症状がない人もいますが、症状がある場合は不整脈を起こし動悸・運動時の息切れ・胸の不快感(圧迫感)などを生じます。重症の場合は心不全による脳への血流不足による失神、心房細動に伴う血栓塞栓症を起こすことがあります。

左心室から大動脈に血液が流れる部位を左室流出路(LVOT)といいますが、この左室流出路が閉塞したタイプを閉塞性肥大型心筋症(以下HOCM)といい、閉塞していないタイプを非閉塞性肥大型心筋症(以下HNCM)といいます。

HOCMは左室流出路が閉塞している分、心負荷が大きく症状が出やすく、HNCMは症状が出にくい傾向にあります。しかしHNCMも進行するとHOCMと同様に心不全や心房細動になる可能性もあります。

ここまででHCMについて理解できたでしょうか?続いてHCMの治療法について見てみましょう。

・薬物療法
心不全、不整脈を防止するためにβ遮断薬、ジルチアゼム、ベラパミルなどを用います。またジゾピラミドは陰性変力作用が強く、左室流出路の圧較差(圧力の差)を軽減させるとされています。
※左室流出路圧較差が軽減すると、左心室から大動脈へ血液を送り出す際の圧力が低くなり、心負荷が軽減します。

ACE阻害薬、ARB、硝酸薬、利尿薬は血管拡張作用や循環体液量の減少により、心臓の前負荷の軽減、つまり静脈還流が減少します。HOCMでは左室流出路が閉塞しているので狭窄が悪化してしまいます。そのため通常HOCMではACE阻害薬、ARB、硝酸薬、利尿薬は用いません。
HNCMでは左室流出路が閉塞していないため、心保護作用を期待して使われるケースもあります。※エビデンスは確立されていません。

・非薬物療法
抗不整脈薬で効果が不十分な場合や緊急性のある場合に、植込み型除細動器(ICD)が用いられます。(不整脈による左心室流出路の狭窄を予防したり、心臓突然死予防のためです)

経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA)は肥大した中隔心筋の一部を壊死させて取り除きます。カテーテルにより中隔心筋に高濃度のエタノールを注入し壊死させることでにより、左室流出路狭窄を解消します。


ここまでで肥大型心筋症と従来の治療ついて分かったでしょうか?
ここからようやく今回の記事の本題であるカムザイオス®カプセルについて見てみましょう。

カムザイオス®カプセルの有効成分はマバカムテンといい、選択的心筋ミオシン阻害剤です。
作用機序を理解するために、まず心筋の収縮のメカニズムについて見てみましょう。

心筋にはGs共役型のβ2受容体とGi共役型のM2受容体が発現しています。
アドレナリン、ノルアドレナリン、ドパミンなどのβ2受容体のリガンドが結合すると、アデニル酸シクラーゼが活性化し、ATPがcAMPに分解されます。cAMPが増加するとAキナーゼが活性化し、Aキナーゼは電位依存性Caチャネルを活性化し、Ca²⁺が細胞外から流入します。Ca²⁺は筋小胞体のリアノジン受容体に結合すると筋小胞体内のCa²⁺が放出され、放出されたCa²⁺はアクチンとミオシンの結合を抑制してているトロポニンというタンパク質に結合します。するとトロポニンとトロポミオシンによる結合抑制が解除され、アクチンとミオシンが結合することで心筋が収縮します。


ここでアクチンとミオシンの結合について少し詳しく見てみましょう。
アクチンにはトロポニンというタンパク質が存在し、これがミオシンとの結合を抑制しています。このトロポニンにCa²⁺が結合すると、トロポニンが構造変化を起こし位置がずれます。するとアクチンのミオシン結合部位が露出し、ミオシン頭部が結合します。このようにミオシン頭部がアクチンに結合することをクロスブリッジといいます。

ミオシン頭部はATPを加水分解することでエネルギーを産生します。するとミオシン頭部は振り子運動をしてアクチン引っ張り、ミオシンの間に滑り込ませることで筋肉が収縮します。


HCMは遺伝的要因により過剰なクロスブリッジが形成されています。そのため心筋が過剰に収縮してしまい、心肥大につながります。

マバカムテンはミオシン頭部に結合することによって、クロスブリッジを可逆的に阻害します。
前述したようにミオシン頭部は振り子運動をすることでアクチンを引っ張ります。この時にATPを加水分解して無機リン酸を放出します。マバカムテンはミオシン頭部に結合することでATPの加水分解を阻害し、ATPの消費も抑制します。これらの働きによりHCMの進行を抑制し、心保護作用も期待できます。


ここまででカムザイオス®カプセルの働きが分かったでしょうか?
それではカムザイオス®カプセルの特徴について見てみます。

・効能、効果について
適応は閉塞性肥大型心筋症になっています。HNCMには適応はありません。
HNCは心負荷が少なく症状が出にくいので、現時点では適応外になっているのでしょう。

・用法、用量について
「通常、成人にはマバカムテンとして2.5mgを1日1回経口投与から開始し、患者の状態に応じて適宜増減する。ただし、最大投与量は1回15mgとする。」

となっています。なおカムザイオス®カプセルの規格は1mg、2.5mg、5mgです。
1mgカプセルは使わないように感じますが、「用法及び用量に関連する注意」には以下のような記載があります。

「投与開始前に心エコー検査により左室駆出率(LVEF)を評価し、LVEFが55%未満の患者には投与を開始しないこと。

「投与開始12週間以降は、少なくとも12週間ごとに心エコー検査によりバルサルバLVOT圧較差及びLVEFを確認した上で、以下の用量調節基準に従い1段階増量又は用量維持を判断すること。増量は12週間以上の間隔で行うこととし、増量した場合は、4週間後に心エコー検査を実施し、LVEFが50%未満にならない限り増量後の用量を維持する。患者が維持用量に達したと判断された場合(12週間ごとの心エコー検査で2回連続してバルサルバLVOT圧較差が30mmHg未満かつLVEFが55%以上の場合)、心エコー検査の実施の間隔は最大で24週間とすることができる。」

LVEF(左室駆出率)とは左心室の収縮力機能を示す値です。心臓が血液を送り出す際に、左心室がどの程度、血液を送り出しているかを表します。
左室が収縮する際に排出される血液量(左室拡張末期容積 – 左室収縮末期容積) を左心室の全血液量(左室拡張末期容積 )で割って100を乗じた値です。 LVEFの正常値は55~80%
※LVEDV:左室拡張末期容積  LVESV:左室収縮末期容積


バルサルバLVOT圧較差とはバルサルバ法を用いた時の左室流出路(LOVT)の圧較差のことです。
バルサルバ法とは大きく息を吸い込み、口と鼻を塞ぎ、お腹に力を入れ、胸腔内圧を上昇させる方法です。静脈還流量が減ることで一時的に血圧が低下しますが、息を吐くことで胸腔内圧が下がり、静脈還流量が増加し血圧が上昇します。
息を吐き出し静脈還流量が増加するとLVOTの閉塞が強くなるので、血圧、脈拍、心音を確認することでLVOT閉塞の程度を診断できます。
圧較差とは圧力の高い箇所と低い箇所の差のことです。圧較差が大きいほど血流が悪くなったり、血液の逆流が生じやすくなります。

このようにLVEFとバルサルバLOVT圧較差を用いてHOCMの状態を確認し、その程度によって用量の調節を行います。用量の調節には用量調節基準が定められており、以下のように行います。


減量増量は1段階と記載されていますが、1~5段階の用量は以下のようになっています。


またLVEFが50%未満になった場合は休薬か中止を行わなければなりません。休薬・中止基準は以下のようになっています。

マバカムテンはその作用機序から分かるように、心収縮力を低下させます。そのためLVEFを低下させ、収縮機能障害により心不全を引き起こす可能性があります。そのため開始後にLVEFが50%未満になった場合は休薬や中止が必要なわけですね。
※LVEFが55%未満の場合はカムザイオス®カプセルの使用開始もできません。

・併用薬および禁忌について
マバカムテンはCYP2C19及びCYP3A4によって代謝されるため、CYPを強く阻害する薬とは併用禁忌になります。

CYPを強く阻害する薬とは併用禁忌ですが、中程度や弱い阻害作用のある薬、あるいはCYPを酵素誘導する薬との併用でも、薬用量の調節が必要となります。

「本剤投与中に強い若しくは中程度のCYP2C19阻害剤、又は中程度若しくは弱いCYP3A4阻害剤の投与を開始又は増量する場合は用量を1段階減量(1mgを投与中の場合は休薬)し、4週間後にLVEFを確認すること。」
「本剤投与中に強い若しくは中程度のCYP2C19誘導剤、又は強い、中程度若しくは弱いCYP3A4誘導剤の投与を中止又は減量する場合は用量を1段階減量(1mgを投与中の場合は休薬)し、4週間後にLVEFを確認すること。」

またCYP2C19及びCYP3A4で代謝されることから肝代謝型であることが分かります。そのため重度の肝機能障害(Child-Pugh分類C)の場合は使用が禁忌になります。(腎機能障害の場合の記載はありません)
※Child-Pugh分類については過去記事をご覧ください ⇒ ウプトラビ錠に小児用0.05mgが販売


今回の記事でカムザイオス®カプセルと肥大型心筋症について理解できたでしょうか?
薬の紹介だけでなく肥大型心筋症の病態生理や、LVEFやバルサルバLOVT圧較差といった検査項目まで覚えることが非常に多かったと思います。しかしカムザイオス®カプセルを十分に理解するには、これらの知識も不可欠となります。薬だけでなく病態や、検査項目まで幅広く勉強して、薬と病気をセットで覚えるようにしましょう。医師や看護師など他職種の人と話す時に非常に役立ちますよ。

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