ヒヤリハット分析 ベサコリン散が冠動脈閉塞に禁忌な理由

ヒヤリ・ハット

公益財団法人日本医療機能評価機構の薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業で以下の事例がりました。

【事例の詳細】
患者に泌尿器科からベサコリン散5%とエブランチルカプセルが処方された。患者は当薬局の
利用が初めてであり、お薬手帳を見ると他の医療機関の循環器内科から狭心症の治療薬が処方
されていた
ベサコリン散5%の添付文書には冠動脈閉塞のある患者には禁忌と記載がある
め、循環器内科に連絡した。患者のカルテから冠動脈拡張術の既往歴があることはわかったが、
主治医が不在のためベサコリン散5%服用の適否について直接確認することができなかった。
その旨を泌尿器科の処方医に報告した結果、ベサコリン散5%はひとまず削除することになっ
た。後日、薬剤師は循環器内科に連絡し、主治医に直接確認したところ、ベサコリン散5%の
服用は避けるよう指示を受けたため、泌尿器科の医師に報告した。
【推定される要因】
泌尿器科の医師は、患者の既往歴を把握できていなかった可能性がある。
【薬局での取り組み】
服用している薬剤から患者の病態、既往歴まではわからない場合があるため、処方している医師
に尋ね、他科の併用薬についても問題ないか確認を行う。

これはお薬手帳から患者の病態を把握し、薬剤師が循環器内科、泌尿器科の両方の医師の間にたって禁忌薬の使用を未然に防いだ素晴らしい事例です。今回の記事ではそもそもなぜベサコリン®散が冠動脈閉塞に禁忌となるのかを解説します。冠動脈閉塞では正常な患者と血管の状態がどう違うのか、コリン作動薬がなぜ悪影響になるのかを理解してもらえればと思います。


まず初めに冠動脈閉塞について確認しましょう。
冠動脈閉塞とは冠動脈が動脈硬化や血栓などが原因で心臓に酸素を供給する冠血管が詰まり、血流が途絶えている状態をさします
冠動脈が急激に閉塞または狭窄する急性冠症候群、慢性的に冠動脈が閉塞または狭窄している慢性冠症候群、一時的に冠動脈が閉塞する冠攣縮に分けられます。

・急性冠症候群
血栓等で冠動脈が完全に閉塞し筋が壊死し始めている急性心筋梗塞、完全に閉塞していないものの、冠動脈のプラークが破綻しそこに血栓が付着しかけており、急性心筋梗塞の一歩手間にある不安定狭心症があります。

・慢性冠症候群
運動等で一時的に心臓に負荷がかかった時に発症する労作性狭心症(安定狭心症)があります。

・冠攣縮
不安、ストレス、飲酒、喫煙、寒さ等によりに冠動脈が痙攣し一時的に収縮することにより発症する冠攣縮性狭心症(異型狭心症)があります。

ここまでで冠動脈閉塞について理解できたでしょうか?
ベサコリン®散は添付文書にも記載されているように冠血流を低下させるため禁忌とされています。なぜベサコリン®散が禁忌になる理由について考察しましょう。


・ベサコリン®散の作用機序について
ベサコリン®散の有効成分はベタネコールといい、コリン作動薬です。コリン作動薬はムスカリンM3受容体を刺激するので基本的には平滑筋を収縮します。


これにより腸管平滑筋や膀胱平滑筋を収縮させ腸管麻痺、麻痺性イレウス、低緊張性膀胱に効果を発揮するわけですね。
しかし血管の場合は異なります。ムスカリンM3受容体は血管内皮細胞に存在します。血管内皮細胞のM3受容体を刺激すると一酸化窒素(NO)を分泌します。NOはグアニン酸シクラーゼ(GC)を活性化します。CGの活性化により下図のようなプロセスを経て血管平滑筋を弛緩させます。


ベサコリン®散の重大な副作用にコリン性クリーゼ(アセチルコリンの過剰状態)がありますが、前述した作用機序により、下記の症状が起きる理由が説明できます。

※唾液腺のM3受容体刺激により唾液分泌、汗腺のM3受容体刺激により発汗、心臓にはM2受容体(Gi共役型)が分布しているので心機能抑制、血管はM3受容体刺激により拡張


前述したように本来であればベサコリン®散は血管を拡張します。そのため”冠血流を低下させ、心疾患の症状を悪化させる恐れがある”というのは矛盾します。この原因について考えます。

・冠動脈閉塞に禁忌な理由
前述したように冠動脈閉塞は冠動脈が動脈硬化や血栓などが原因で冠血管が詰まり、血流が途絶えている状態です。血管壁にプラークができると、プラークが盛り上がっていく過程で表面にある血管内皮細胞が引き延ばされたり、剥離したりします。すると血管壁は血管平滑筋がむき出しの状態になります。

血管内皮細胞があればM3受容体の刺激によりNOが分泌され血管が拡張しますが、血管内皮細胞が損傷していたり、剥離して存在しない場合はNOが分泌されません。すると血管平滑筋は他の平滑筋と同様にM3受容体の刺激により収縮してしまいます。
そのため冠動脈閉塞では冠血流を収縮させてしまい、冠血流の低下し病態が悪化するのが理解できますね。

またベタネコールはM3受容体だけでなくM2受容体も刺激します。
※ムスカリン受容体は中枢神経系にはM1受容体が、心筋にはM2受容体が、平滑筋にはM3受容体が分布しています。
M2受容体はGi共役型です。心筋のM2受容体を刺激すると下図のようなプロセスにより心筋は弛緩します。


その結果、心拍出量・心拍数が低下します。冠動脈閉塞では心虚血な状態ですが、心拍出量・心拍数の低下により心臓への酸素供給がさらに低下し、病態を悪化させます。

これらの理由からベサコリン®散が冠動脈閉塞に禁忌であることが分かると思います。


今回の記事で冠動脈閉塞の患者の血管内の状態、コリン作動薬がなぜ禁忌になるか理解できたでしょうか?ベサコリン®散は本来は血管を拡張させますが、冠動脈閉塞では冠血管を収縮させてしまいます。このように病態を詳しく理解していないと見落としてしまう禁忌もあるものです。こういった事例をなるべく多く紹介して、病態と薬の作用機序の両方を理解することで、薬の安全使用に貢献できればと思います。

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