ヒヤリ・ハット分析 プロラクチノーマにドンペリドンは禁忌で、メトクロプラミドは禁忌でない理由を考察

ヒヤリ・ハット

公益財団法人日本医療機能評価機構の薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業で面白い事例がりました。

【事例の詳細】
普段は他の薬局を利用している30歳代の女性患者に、医療機関Aからドンペリドン錠10mg「JG」が処方された。薬剤師は、患者からの聴取およびお薬手帳の確認により、患者が医療機関Bでプロラクチン分泌性の下垂体腫瘍の治療中であることを把握した。ドンペリドン錠10mgはプロラクチン分泌性の下垂体腫瘍の患者に禁忌であるため、処方医に疑義照会を行ったところ、メトクロプラミド錠5mg「トーワ」に変更となった。
【推定される要因】
ドンペリドン錠が禁忌となる病態について、医療機関Aの処方医による確認が漏れた可能性がある。
【薬局での取り組み】
患者からの聴取、薬剤服用歴やお薬手帳の確認などにより、現病歴・既往歴、併用薬などの情報を収集し、処方内容が適切であるか検討する。患者にお薬手帳の有用性を説明して活用を促す。

処方された薬が患者が治療中の疾患に禁忌なので、他剤に変えたという事例です。結果だけ見ればよくある事例かもしれません。しかし何故なのかと理由を聞かれたら満足に説明できる人は少ないのではないでしょうか?理由が分からないと覚え辛く、忘れるのも早いです。今回の記事でこの理由について考察しますので、ご覧になって下さい。

まず初めに患者はプロラクチン分泌性の下垂体腫瘍の治療中とありますので、この疾患(プロラクチノーマ)について確認しましょう。

・プロラクチノーマについて
プロラクチノーマとは脳下垂体の良性腫瘍でプロラクチンが過剰に分泌されてしまう疾患です。プロラクチンとは乳腺に作用するホルモンであり乳汁の産生・分泌、乳腺の発育、性腺の機能抑制などの働きがあります。
プロラクチンは下垂体前葉から分泌されますが、ここに腫瘍ができてしまうとプロラクチンが過剰に分泌されてしまいます。これがプロラクチノーマです。プロラクチンの血中濃度が高くなった状態を高プロラクチン血症といいます。
※下垂体前葉からは様々なホルモンが分泌されますが、下垂体前葉細胞の約30%はプロラクチンを産生する細胞であるラクトトロフであるため、高プロラクチン血症の頻度が最も高くなります。


高プロラクチン血症による乳汁分泌異常(妊娠や授乳期以外で乳汁が漏出する)、月経異常、性欲低下、勃起不全、射精障害、男性の女性化乳房などがおき、また腫瘍による脳の圧迫で頭痛や視力障害が起きることがあります。
なおプロラクチンは視床下部より分泌されるドパミンによって分泌が抑制されTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)によって分泌が促進されます。



ここまででプロラクチノーマについて分かったでしょうか?
それではプロラクチノーマの場合、メトクロプラミドは使えてドンペリドンは禁忌なのかを見ていきましょう。

・メトクロプラミド、ドンペリドンの作用機序
メトクロプラミド、ドンペリドンはいずれもドパミンD2受容体遮断薬です。これは制吐作用を示すので、ほとんどの薬局で制吐薬として頻用されていることでしょう。

D2受容体は末梢と中枢の両方に存在します。
末梢ではドパミンD2受容体はコリン作動性神経の神経終末に存在し、アセチルコリンの放出を抑制しています。アセチルコリンは消化管運動を促進するので、これにより内容物が消化管に停留する時間が短くなり、制吐作用を生じます。

また中枢では化学受容器引金帯(CTZ)が刺激されると、その刺激を嘔吐中枢に伝わることで嘔吐が起きます。
一部の刺激はCTZを介さず、直接嘔吐中枢に伝わります
CTZにはドパミンD2受容体、セロトニン5-HT3受容体、ニューロイキンNK1受容体が存在し、これらの受容体を刺激すると嘔吐中枢に刺激が伝わりますが、これらの受容体を遮断することで制吐作用を生じます。

なおドパミンD2受容体、セロトニン5-HT3受容体は末梢にも存在し、末梢に存在する受容体を刺激するとCTZに刺激が伝わり、嘔吐を生じます。

前述したようにプロラクチンはドパミンによって分泌が抑制されています。つまりD2受容体遮断薬によりドパミンによる分泌抑制が阻害され、プロラクチンが過剰に分泌されることになります。このことからD2受容体遮断作用を有するメトクロプラミド、ドンペリドンがプロラクチノーマには悪影響なことが分かるでしょう。

・メトクロプラミドとドンペリドンの違い
メトクロプラミドとドンペリドンの禁忌について確認しましょう。

同じ作用機序であるにもかかわらずドンペリドンのみがプロラクチノーマに禁忌になっています。この理由を考察していきます。過去の記事でも紹介しましたが、メトクロプラミドとドンペリドンの違いは中枢への移行性の違いにあります。
メトクロプラミドは末梢で作用するだけでなく中枢にも移行し、制吐作用を生じます。末梢と中枢の両方に作用するので混合型制吐薬と呼ばれます。
一方ドンペリドンは中枢にほとんど移行せず、末梢での薬理作用のみになります。そのため末梢性制吐薬と呼ばれます

ここで薬の脳への移行について見てみましょう。
薬に限らず栄養素、酸素など様々な物資は脳血管から脳組織に移行します。しかし脳血管内皮細胞は細胞同士がタイトジャンクションという強力な接着をしており、物質の移行が制限されています。さらに内皮細胞の外側は周皮細胞(ペリサイト)や基底膜、アストロサイトの足突起で覆われています。これを血液脳関門といいます。血液脳関門は脳のバリアとして働き、これにより有害な物質が脳内に移行するのを防いでいます。
※グルコースやアミノ酸など必要な物質はトランスポーターを介して脳内に取り込まれます。

メトクロプラミドは血液脳関門を通過できるのに対して、ドンペリドンは通過できないわけですね。一見すると中枢に移行するメトクロプラミドの方がプロラクチノーマにとって悪影響に感じられます。しかしドンペリドンの方が禁忌なのはなぜでしょうか?それは下垂体には血液脳関門が存在しないからです。
血液脳関門は全ての脳組織に存在するわけではありません。例えば松果体、下垂体、最後野などには血液脳関門が存在しません。これはホルモンを分泌し全身に運ぶ必要があるため、脳から血液への移行がスムーズである必要があるからですね。このように血液脳関門が存在しない期間を脳室周辺器官といいます。

前述したようにメトクロプラミドは血液脳関門を通過できるので、CTZ、大脳基底核、下垂体など様々な組織に分布します。一方ドンペリドンは血液脳関門を通過できないため、脳で分布できるのは脳室周辺組織に限られます。つまり相対的に見るとドンペリドンの方が下垂体に移行する割合が多くなるわけですね。
このことからメトクロプラミドはプロラクチノーマに禁忌でないのに対して、ドンペリドンは禁忌な理由が説明できると思います。


今回の記事でプロラクチノーマにドンペリドンが禁忌で、メトクロプラミドが使える理由が分かったでしょうか?メトクロプラミドは禁忌ではありませんが、プロラクチノーマを悪化させるリスクがあることには変わらないので、十分なフォローアップが必要でしょう。今回の記事のように薬理学や薬物動態学だけでなく、時には解剖学や病理学の知識が役に立つこともあります。役に立ちそうな知識は貪欲に学ぶことで実務に活かすようにしましょう。

にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ
にほんブログ村

記事が良かったと思ったらランキングの応援をお願いします。

0

コメント

タイトルとURLをコピーしました