CYP2D6の遺伝子チェックテストを受けた患者 結果は有効活用できる

調剤業務

先日乳がんの診断を受けた患者さんが自らCYP2D6の遺伝子チェックテストを受けてきて、結果を見せてくれました。結果としては通常より代謝能の低いIMでした。その結果は薬歴の頭書きに残しておくようにしました。理由としてはその結果が様々な薬の適正使用に重要な役割を示すからです。今回の記事でCYP2D6の遺伝子多型とその活用について解説します。なかなか遭遇しない機会だと思うので、是非ご覧になって下さい。


・CYP2D6遺伝子チェックテストについて
CYP2D6遺伝子チェックテストとは乳がん治療でタモキシフェンを使う際に、その治療効果の予測に用いる為に行うものです。これは薬物の代謝酵素であるCYP2D6の遺伝子タイプを解析します。

まず初めにタモキシフェンについて確認しましょう。
タモキシフェンはエストロゲン受容体を遮断薬です。エストロゲン受容体の遮断により乳癌の増殖を抑制します。
タモキシフェンは乳腺ではエストロゲン受容体を遮断しますが、子宮内膜や骨ではエストロゲン受容体を刺激します。そのため選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)と呼ばれます。

このタモキシフェンですが、そのままでは受容体に対する結合力が弱く薬理作用をほとんど発揮しません。肝臓の代謝酵素であるCYP2D6により代謝産物であるエンドキシフェンに変換され、これが薬理作用を発揮します。


この代謝酵素のCYP2D6ですが、遺伝的な差があり、日本人は遺伝的に活性が低い人の割合が多いとされています。
CYP2D6は様々な遺伝子多型が存在し、代謝能によって以下のように分類できます。
・ultra-rapid metabolizer(UM):代謝能が高い
・extensive metabolizer(EM):通常の代謝能
・intermediate metabolizer(IM):中間代謝型(EMに比べ代謝能は低い)
・poor metabolizer(PM):代謝能が欠損または著しく低い


現在*1~*43の遺伝子多型がしられており、*1/*10、*2/*10、*10/*10はIMであり、*5/*5はPMであることが分かっています。
(対立遺伝子があるため〇/〇という表記になります)

CYP2D6の酵素活性が低いとタモキシフェンが活性代謝物にならず、治療効果が劣ると考えられます。しかし長年の研究により、酵素活性の低い遺伝子型の患者でもタモキシフェンの増量による治療効果の向上は認めず、遺伝子型に基づく用量個別化は不要との結論がでています。
今回の患者さんは自らCYP2D6の遺伝子チェックテストを行ったわけですが、その結果が治療内容に反映されるかは不明です。


ここまででCYP2D6の遺伝子多型について理解できたでしょうか?
この患者さんはCYP2D6の遺伝子多型を調べることで自身の酵素活性ががIMであることが分かりました。しかし前述したように、それが治療内容に反映されるかは不明です。今回の結果をわざわざ薬歴の頭書きに残しておく必要は何でしょうか?それはCYP2D6の酵素活性が低いことが、その他の薬物を使用した際に副作用が起きやすくなることがあるからです。
それでは具体的にどのようなものがあるが、CYP2D6の酵素活性の異常でどのような問題が生じるか見てみましょう。

・CYP2D6により代謝される薬物

・PL®配合顆粒、ピーエイ®配合錠
サリチルアミド、アセトアミノフェン、無水カフェイン、プロメタジンの合剤です。このプロメタジンは本来眠気が非常に強い薬物です。プロメタジンがCYP2D6により代謝されることで眠気が軽減されます。しかしCYP2D6の酵素活性が低い場合、プロメタジンが代謝されず強い眠気に襲われる可能性があります。
たまにPL®配合顆粒を服用すると異常な眠気が起きる人がいますが、もしかしたらCYP2D6がIMやPMの人かもしれません。

・トラマドール
トラマドールはオピオイド受容体刺激作用と、ノルアドレナリン・セロトニン再取り込み阻害作用により鎮痛効果を示します。トラマドールはCYP2D6により活性代謝物のO-デスメチルトラマドールに代謝されて薬理作用を発揮します。酵素活性がIMやPMの場合はトラマドールが代謝されず、十分な鎮痛効果が得られない可能性があります。
またUMの場合は代謝活性化される割合が多くなり、鎮痛効果は高まるでしょう。しかし同時に悪心、便秘、食欲不振などの副作用も起きやすくなります。トラマドールの過剰投与は呼吸抑制、痙攣発作などがありますが、UMの人ほど起きやすいでしょう。

・コデインリン酸塩
コデインリン酸塩はCYP2D6によって活性代謝物のモルヒネに代謝されます。トラマドール同様にIMやPMの場合はコデインに代謝されず十分な効果が発揮されません。UMの場合は副作用が起きやすくなり最悪の場合が呼吸抑制が生じます。

・ミルタザピン
ミルタザピンはCYP2D6により代謝され不活性化されます。そのためUMでは過剰に代謝され、十分な効果が得られにくいことが想定されます。
ミルタザピンの薬理作用はシナプス前膜のα2受容体の遮断作用により、ノルアドレナリン、セトロニンの放出を促進します。

ミルタザピンはS体とR体の鏡像異性体があり、α2受容体遮断作用を示すのはS体です。
S体はα2受容体遮断作用の他に5-HT2受容体を遮断し、R体は5-HT3受容体を遮断します
CYP2D6の代謝能がIMやPMの場合は、S体による5-HT2受容体遮断作用で食欲増進による体重増加が生じやすくなります。またR体による5-HT3受容体遮断作用で制吐作用が生じ、吐き気は起きにくくなります。

またミルタザピンはH1受容体遮断作用も有します。H1受容体遮断作用はS体とR体のどちらが関与しているかは不明ですが、CYP2D6の酵素活性が低いとH1受容体遮断作用も強くなり、眠気の副作用が強くなります。

・リスペリドン
リスペリドンは主にCYP2D6で代謝され、一部はCYP3A4で代謝されます。リスペリドンの代謝物は9-ヒドロキシリスペリドンであり、これはハリペリドン(インヴェガ®錠)です。

そのため代謝物にも鎮静作用はありますが、リスペリドンに比べてハリペリドンの方がやや劣るので、CYP2D6の酵素活性が高いと、効果は減弱することになります。代謝能が低いと鎮静作用が強く出ることがあります。

・プロプラノロール、メトプロロール
メトプロロールもCYP2D6により代謝されて不活性化されます。そのためIMやPMの場合は効果が増強し、過度の降圧、徐脈などの副作用が発生しやすくなります。
※CYP2D6で代謝されないβ遮断薬(アテノロール、ビソプロロール)に代替することで対処が可能です。

他にもCYP2D6で代謝される薬は沢山あるでしょうが、代表的なものをあげておきました。

今回の記事でCYP2D6の酵素活性が低い場合にどのような薬物で有害事象が起きる可能性があるか分かったでしょうか?偶然にも乳癌患者がCYP2D6の遺伝子チェックテストを行った場面に遭遇しました。通常では得られない情報が取得できたので、薬歴には残しておくべきです。例えばこの患者が風邪をひいでPL®配合顆粒が処方された場合、強い眠気に襲われる可能性が高いので疑義照会する必要もあるかもしれません。薬によっては副作用が強く出ることや効果が十分に期待できないことが予想しやすくなるので、患者にとって不利益が起きないように活用していこうと思います。

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