2024年5月24日に厚生労働省の専門家部会が、インフルエンザ治療薬のアビガン®錠を重症熱性血小板減少症候群の治療薬としての承認する方針であることを発表しました。重症熱性血小板減少症候群の治療薬は世界初であり、また現在は重症熱性血小板減少症候群の患者数は増加傾向にあります。致死率も高い疾患であったので非常によいニュースですね。今回の記事で重症熱性血小板減少症候群とアビガン®錠について紹介しますので、是非ご覧になってください。
・重症熱性血小板減少症候群(SFTS)について
重症熱性血小板減少症候群(以下SFTS)は重症熱性血小板減少症候群ウイルス(以下SFTSウイルス)による感染症です。
まずはSFTSウイルスについて確認しましょう。SFTSウイルスはブニヤウイルス科フレボウイルス属に分類される3分節1本鎖RNAウイルスです。
※RNAウイルスにはゲノムが1本のRNAであるウイルスの他に、複数の分節に分かれているウイルスがあります。このように分節に分かれているゲノムを分節ゲノムといいます。
(ex)インフルエンザウイルスは8分節、ロタウイルスは11分節
SFTSウイルスは3分節に分かれており、分節が長い順にL、M、Sといいます。
SFTSウイルスに感染すると5~14日程度の潜伏期間のち発症します。
主な症状は発熱と消化器症状(食欲不振・悪心嘔吐・下痢・腹痛など)です。その他にも頭痛、筋肉痛、神経症状(意識障害、痙攣、失語など)、リンパ節腫脹、出血症状(皮下出血、歯肉出血、下血など)があります。
感染症法では4類に分類されており、診断した場合は速やかに最寄りの保健所に届け出が必要になり、媒介動物の輸入規制、消毒、蚊・ねずみ等の駆除、物件に係る措置を講ずることが可能となります。
・マダニについて
SFTSウイルスは主にマダニを介して感染します。正確にはSFTSウイルスを保有しているマダニに嚙まれることで感染します。その他にもマダニに咬まれて感染した動物や感染者の血液や体液による接触感染も報告されています(ヒト⇒ヒトへの感染は海外では報告されていますが、国内では報告されていません)。あくまで感染経路は接触感染であり、飛沫感染や空気感染は確認されていません。
マダニは屋内に生息するチリダニと違い、主に屋外に生息します。(草の上や葉の裏などにいて、近くを通った動物に取り付きます)
マダニは吸血性のダニであり、血を吸ったマダニは体重が100倍以上になります。
動物の血を餌としており、数ヶ月から数年は何も食べずに生きることができるなど、飢餓に非常に強くやっかいな存在です。
吸血の過程で動物の体内に寄生している病原体がマダニにも寄生し、吸血を繰り返すことでこれらの病原体を媒介するわけですね。媒介される病気には回帰熱、ライム病などの他に今回の記事にあるSFTSもあるわけです。
さてこのSFTSですが現在までは治療法が確立されていません。対症療法を行い自己免疫により自然治癒するのを待つだけでした(2週間ほどで自然治癒します)。またワクチンも存在しません。
SFTSは呼吸循環不全や播種性血管内凝固症候群(DIC)による多臓器不全も併発しやすく、致死率は10~30%と高めになります。
しかし今回アビガン®錠がSFTSに適応拡大されることによって、初めて治療法が登場することになります。それではアビガン®錠について確認しましょう。
・作用機序
アビガン®錠の有効成分であるファビピラビルはRNAポリメラーゼ阻害薬です。RNAウイルスにおけるRNAのコピーを阻害することになります。これによりRNAの複製やmRNAへの転写が阻害され、ウイルス増殖が出来ないことになります。
・現在までの適応
現在のアビガン®錠の適応は「新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症」です。ただし他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分な場合に限られます。動物実験の結果からヒトへの催奇形性が強く疑われており、またインフルエンザの治療薬は他に有効なものが存在することから、パンデミック時に国の判断でのみ使用可能とされていました。
新型コロナウイルスがパンデミック宣言された際に、新型コロナウイルスの薬物治療に用いられようとしたことがあります。新型コロナウイルスもインフルエンザウイルスと同様の1本鎖RNAウイルスであるため、有効性が示唆されていました。しかし実際には有意な結果が得られていないことが確認され、効能・効果に新型コロナウイルスを追加する申請が取り下げられた経緯があります。
⇒新型コロナウイルス感染症を対象とした開発の中止について
ここまでが今までのアビガン®錠でした。今回の記事の冒頭にあるようにアビガン®錠がSFTSに近く正式に承認される予定です。
前述したようにSFTSウイルスは1本鎖RNAウイルスです。新型コロナウイルスと同じ考察で、インフルエンザウイルスと同じ1本鎖RNAウイルスへの有効性が示唆されて研究された結果、SFTSウイルスへは有効性が認められたようです。
・用法、用量について
まだSFTSに対する承認が正式に決まったわけではなく、添付文書の改定もされていません。そのため現在のインフルエンザウイルスに対する用法・用量についてですが、これを確認しておきましょう。
「通常、成人にはファビピラビルとして1日目は1回1600mgを1日2回、2日目から5日目は1回600mgを1日2回経口投与する。 総投与期間は5日間とすること」
アビガン®錠の規格は200mgです。そのため初日のみ1回8錠、1日2回で服用し、2~5日目には1回3錠を1日2回になります。成人のみで小児は使えません。
これはあくまでインフルエンザウイルスに対する用法・用量ですが、SFTSでもおそらくほとんど変わらないでしょう。服用量はそれなりに多いので飲むのには苦労しそうですね。
・催奇形性に注意
前述したようにファビピラビルは動物実験で催奇形性が認められています。そのため妊婦への使用は禁忌になっています。また服用終了後も7日間は避妊が必要となります。またファビピラビルはは精液中へも移行することから、男性も服用終了後7日間は避妊が必要となります。
男性、女性とも催奇形性については十分な注意が必要になります。
※この7日間というのは添付文書上の記載です。富士フイルム富山化学株式会社の調査では、重度肝機能障害を有する女性の患者では血中からファビピラビル消失するまでの期間が延長する可能性があるため、服用後14 日間の避妊とさています。男性及び重度の肝機能障害を有しない女性については、投与終了後 10 日間とされています。念のため14日程度避妊するのが無難でしょう。
以上がSFTSについての理解、アビガン®錠についての説明となります。
SFTSについては今まで有効な治療方法が存在しなかったので、アビガン®錠が使えるようになることは大きな意義があるでしょう。しかし感染症である以上、薬で確実に助かるというわけではありません。これはインフルエンザウイルスや新型コロナウイルスで十分理解できると思います。なんにせよSFTSウイルスに感染しないのが一番です。山に行ったり草むらで活動する時、農作業をする時は肌の露出をなるべく避けることが必要です。SFTSウイルスは消毒用アルコールで感染性をなくせます。山や草むらに行くときは携帯用アルコールも必須ですね。またイヌやネコにマダニが寄生し、そこからヒトへ感染した事例もあります。
野生動物との不用意な接触は避け、ペットの様子がおかしい時は早めに動物病院を受診するなどの予防が最も大切なのは言うまでもありません。
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