前回に引き続き新薬の記事を書こうと思います。2023年8月23日にアルツハイマー型認知症治療薬のレケンビ®点滴静注の製造販売が承認がされました。まだ販売はおろか添付文書も出来ていないですし、記事にするのは時期尚早とも思いましたが、個人的に以前から注目していたものなので、早めに紹介しようと思います。
まずはアルツハイマー型認知症について確認しましょう。
アルツハイマー型認知症は脳の神経細胞の変性や脳の萎縮により、認知機能の低下を起こす疾患です。神経細胞の変性の原因としてアミロイドβ(以下Aβ)やタウ蛋白(以下tau)といった異常タンパク質が蓄積し、脳神経細胞死を引き起こすと考えられています。Aβの蓄積が原因と考えるのをアミロイド仮説といい、現在ではこれが最も有力とされています。そのため今回はアミロイド仮説に基づいて解説します。
神経細胞の細胞膜にはアミロイド前駆体蛋白(APP)が存在し、これがセクレターゼという酵素により分解されます。大部分はαセクレターゼにより分解されますが、βセクレターゼやγセクレターゼにより分解されるとAβが産生されます。何らかの原因でAβが凝集すると、Aβが重合体を形成します(これをプロトフィブリルといいます)。さらに重合体が凝集したものを老人斑と呼んでいます。
※老人斑は線維化した不溶性物質です。線維(フィブリル)の前段階の物質の総称をプロトフィブリルといいます。プロトフィブリルの段階では可溶性です。
従来はこの老人斑が神経細胞を損傷すると考えられてきました。しかし近年の研究では老人斑の前段階のプロトフィブリルが神経毒性を誘発すると考えれるようになってきました。プロトフィブリルが細胞膜を破壊し、カルシウムを流入させ、細胞傷害や神経伝達の異常を起こすことが分かっています。
ここまででアルツハイマー型認知症の起こるメカニズムについて分かったと思います。レケンビ®点滴静注について見ていきましょう。レケンビ®点滴静注の有効成分はレカネマブといいます。
レカネマブは抗Aβ抗体といい、Aβを抗原とするヒト化IgGモノクローナル抗体です。Aβプロトフィブリルを取り囲むように結合し、その働きを抑制します。さらにプロトフィブリルの凝集も抑制します。これにより細胞毒性や老人斑の産生が抑制されます。
ここまでの説明でレカネマブの作用の仕方については分かったでしょうか?
レケンビ®点滴静注の添付文書はまだできていませんので、正式なものではありませんが現時点で分かっている情報は以下のようになります。
・適応について
「アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制」となります。
前述したようにAβからできたAβプロトフィブリルの働きを抑制することで効果を生じます。そのためAβプロトフィブリルが沢山できてしまう前に使った方が効果はあるのでしょう。
・用法用量について
「通常、レカネマブ(遺伝子組換え)として10mg/kgを、2週間に1回、約1時間かけて点滴静注する。」となっています。
2週間に1回も通院が必須となります。この辺は患者負担が大きいですね。
・副作用について
まだ副作用に関する情報は上がってきていませんが、点滴である以上インフリュージョンリアクションが最も注意すべき副作用でしょう。
またアミロイド関連画像異常(以下ARIA)が生じる可能性が高いです。ARIAとはアルツハイマー型認知症など、アミロイドを対象とする疾患の患者の神経画像に見られる異常のことです。ARIAにはARIA-EとARIA-Hの2つが知られています。
ARIA-Eは血液脳関門の内皮接合部が破壊されることで生じる脳浮腫または滲出液貯留です。
ARIA-Hは脳微小出血と呼ばれる小さな出血です。
いずれもAβが脳の脳血管壁に沈着する脳アミロイドアンギオパチー(CAA)が、抗Aβ抗体によって除去される際に起こるとされています。
・治す薬ではない
ここまでに紹介した作用機序を見ると、まるでアルツハイマー型認知症の根治療法と錯覚してしまいそうです(脳神経細胞死を起こす物質を抑制するわけですからね)。しかし医薬品審査管理課の担当者が記者に向けて、アルツハイマー型認知症の進行を遅らせるだけで完全に治す薬ではない事を強調しています。認知機能の悪化は27%遅らせるようです。
以上の説明でレケンビ®点滴静注の大まかな働きはイメージできたでしょうか?
新しい作用機序とはいえ、進行を抑制するだけなので期待外れと感じる人もいるかもしれません。
従来の治療薬であるコリンエステラーゼ阻害薬はアセチルコリンの分解を抑制することで、神経細胞の変性による神経伝達の低下を抑えていました。NMDA受容体拮抗薬はグルタミン酸濃度の上昇による脳神経の傷害や記憶障害を抑制していました。どちらも変性せずに残った神経細胞の機能を整えているものです。
しかし抗Aβ抗体が登場したことで、脳神経細胞死を抑える事が可能になりました。まだ根治療法とはなりませんが、いずれは根治療法が登場するのではと期待できます。アルツハイマー型認知症治療薬はメマンチンが2011年に承認されて以降、新たな作用機序の薬はずっと登場しませんでした。レカネマブが承認されたのはアルツハイマー型認知症治療薬が大きく変わるきっかけになるかもしれません。今後が楽しみです。
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