エバシェルド筋注セット

感染症の薬

8月30日にアストラゼネカ株式会社のエバシェルド®筋注セットが特例承認されました。これは新型コロナウイルスの治療にも予防にも有効な薬剤であり、1回の使用で長期間効果を発揮するものになります。注射剤なので薬局で扱うことはないでしょうが、最新の治療薬を学んでおくのは薬剤師の責務です。今回の記事でエバシェルド®筋注セットの解説をします。是非とも学んでいって下さい。


エバシェルド®筋注セットはチキサゲビマブシルガビマブという2つの抗体が配合された薬剤です。
作用機序を理解するために、以前ロナプリーブ注射液セットでも学びましたが、ウイルスが感染するメカニズムをおさらいしましょう。
ウイルスは単体では増殖できないので、かならず宿主の細胞に入り込む必要があります。ウイルス表面にはスパイクと呼ばれるタンパク質があり、これが宿主細胞表面の受容体に結合します(新型コロナウイルスはACE2受容体)。これによってウイルスが宿主細胞に入り込めるようになります。

チキサゲビマブとシルガビマブはいずれも新型コロナウイルスのRBDというスパイクに結合します。これによって新型コロナウイルスがACE2受容体に結合できなくなり、感染が防止されるわけですね。
※チキサゲビマブ、シルガビマブはどちらもBRDスパイクに結合しますが、その結合部位が異なるようです。

作用機序は分かったところでもう少し詳しく見てみましょう。
チキサゲビマブ、シルガビマブはいずれも遺伝子組換え抗体です。抗体は図のような形をしていて、抗原結合部位であるFab領域と、抗体が抗原に結合した後に免疫反応を引き起こすFc領域があります。

チキサゲビマブ、シルガビマブはどちらもFc領域の遺伝子組換をしており、従来型の抗体と比べて半減期が3倍以上となります。そして1回の投与後で少なくとも6カ月間、効果が持続するとされています。


エバシェルド®の特徴が分かったところで、使い方や注意点について見てみましょう。
まず初めに適応についてです。エバシェルド®の適応は「SARS-CoV-2による感染症及びその発症抑制」となっています。つまり新型コロナウイルス感染の治療と予防に有効です。
実際の使い方を見てみましょう。添付文書には以下のように書かれています。

〈SARS-CoV-2による感染症〉
通常、成人及び12歳以上かつ体重40kg以上の小児には、チキサゲビマブ(遺伝子組換え)及びシルガビマブ(遺伝子組換え)としてそれぞれ300mgを併用により筋肉内注射する。

エバシェルド®筋注セットにはチキサゲビマブとシルガビマブのバイアルが1個ずつ入っています。1バイアル中にチキサゲビマブもシルガビマブも150㎎ずつ含まれています。
つまり治療に用いる場合は、チキサゲビマブとシルガビマブを2バイアルずつ筋肉内注射するわけですね。
症状が発現してから速やかに投与しないといけません。臨床試験において、症状発現から8日目以降に投与を開始した患者における有効性を裏付けるデータは得られていないとされています。

〈SARS-CoV-2による感染症の発症抑制〉
通常、成人及び12歳以上かつ体重40kg以上の小児には、チキサゲビマブ(遺伝子組換え)及びシルガビマブ(遺伝子組換え)としてそれぞれ150mgを併用により筋肉内注射する。なお、SARS-CoV-2変異株の流行状況等に応じて、チキサゲビマブ(遺伝子組換え)及びシルガビマブ(遺伝子組換え)としてそれぞれ300mgを併用により筋肉内注射することもできる。

予防に用いる場合は各150㎎です。つまり両方とも1バイアルずつ筋肉内注射することになります。
※ただし変異株の流行などの状況の応じて、2バイアルずつにすることも可能です。

使い方については分かったと思います。続いて注意事項について見てみましょう。

〈SARS-CoV-2による感染症〉
・臨床試験における主な投与経験を踏まえ、SARS-CoV-2によ感染症の重症化リスク因子を有し、酸素投与を要しない患者に投与すること。
・他の抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体が投与された高流量酸素又は人工呼吸器管理を要する患者において症状が悪化したとの報告がある。
〈SARS-CoV-2による感染症の発症抑制〉
・SARS-CoV-2による感染症に対するワクチン接種が推奨されない者又は免疫機能低下等により SARS-CoV-2による感染症に対するワクチン接種で十分な免疫応答が得られない可能性がある者に投与すること。
・SARS-CoV-2による感染症患者の同居家族又は共同生活者等の濃厚接触者ではない者に投与すること。SARS-CoV-2による感染症患者の同居家族又は共同生活者等の濃厚接触者における有効性は示されていない。
・本剤の投与対象については最新のガイドラインも参考にすること。


まず治療に用いるには酸素投与が必要な患者さんには使えません。ロナプリーブ®もそうですが、酸素吸入が必要な場合には抗体療法は使えないようですね。症状が悪化したとの報告があるとされています。
また予防に関する注意を見ると分かるように、予防的使用はワクチンが使えない場合や、ワクチンの効果が十分得られない可能性がある人に使います。
つまり予防の第一選択はワクチンであることは変わりません。添付文書の「警告」にも”SARS-CoV-2による感染症の予防の基本はワクチンによる予防であり、本剤はワクチンに置き換わるものではない”とされています。
また濃厚接触者への予防使用の効果は示されていないので、これも注意が必要ですね。


さて新型コロナウイルスの治療にも予防にも有効なエバシェルド®ですが、
・供給量が限られている
・治療については他に使用可能な薬剤がある
・ワクチンで十分な免疫の獲得が期待されない者に対するウイルス曝露前の投与(予防目的での投与)を対象とした薬剤は初めての承認となる
以上の理由により、当面の間は厚生労働省が所有した上で、発症抑制目的での投与に限って供給されることになります。治療に使われないのはガッカリですね。まあしばらくすれば変わるかもしれませんが。

新型コロナウイルスの発症抑制のみに用いられるわけですが、前述したように、ワクチン接種が推奨されない人や、免疫機能低下などの理由でワクチン接種もで十分な免疫が得られない可能性がある人が対象となります。この範囲については日本感染症学会の「COVID-19 に対する薬物治療の考え方 第 14 版」により、以下のように定められています。


最後にオミクロン株について触れておきます。
オミクロン株はBA.1、BA.2、BA.3、BA.4、BA.5の5つの系統に分類されます。現在流行しているのはほとんどがBA.5系統です。
エバシェルド®筋注セットBA.2系統への有効性はあるようですが、BA.4、BA.5系統への使用は、「本剤の有効性が減弱するおそれがあることから、他の治療薬が使用できない場合に本剤の投与を検討すること」とされています。現在流行中の株については、耐性ができるかもしれないので、なるべく他の治療法にしてということのようです。この辺も現在は予防にしか使えない所以かもしれません。


ここまでの内容を見ると中身はそれなりにいい薬ですが、期待外れなことは否めません。
治療にも予防にも有効なのに、現在は予防にしか使えません。しかも予防に使える人も、前述した表に該当する人なので、かなり限られています。
現在は「ワクチンで十分な免疫の獲得が期待されない者に対するウイルス曝露前の投与(予防目的での投与)を対象とした薬剤は初めての承認となる」ことから、慎重に使っているのでしょう。今後使用経験が増えて情報が集まってくれば徐々に緩和されるでしょう。
これが広く一般的に使われるようになれば、1回の使用で6ヶ月も効果があるわけですからね。早く使用が緩和されることを期待しておくことにしましょう。また変わったことがあったら記事にしてお知らせします。

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