先日風邪薬の処方箋を持ってこられた新患さんのお薬手帳を拝見したら、以下のような内容が書かれていました。
Rp(1)ツムラ芍薬甘草湯 7.5g
1日3回 毎食前 14日分
この患者さんは19歳の女性です。有痛性痙攣(こむら返り)に悩まされる年齢でもないし、仮にそうだとしても普通は就寝前1回の服用です。芍薬甘草湯をどういう意図で使ってるのかと聞いたところ、食道アカラシアのためとのことでした。この仕事に就いてから食道アカラシアの患者さんは初めて会いました。食道アカラシアは10万人に1人程度の珍しい病気です。そのため意識して勉強しないと、本当に知らないままでしょう。今回の記事で食道アカラシアについて紹介しますので、是非知って欲しいと思います。
※食道アカラシアを、たんにアカラシアということもあります
食道アカラシアとは下部食道括約筋が正常に弛緩しなくなる疾患です。
まず初めに食道について確認しましょう。ご存知のように食べ物を摂取すると口から食道を通って、胃に運ばれます。この時に食道は収縮と弛緩を繰り返して食べ物を胃まで運ぶわけです。この動きを蠕動運動といいます。(蠕動運動は胃や腸でも行われていますね)
そして食道と胃の境目に下部食道括約筋が存在します。食べ物を飲み込んだ後は下部食道括約筋が弛緩し、食道から胃へ流入します。それ以外の時は下部食道括約筋は収縮しており、食べ物の逆流を防いでいるわけです。
下部食道括約筋の収縮と弛緩は迷走神経に支配されているわけですが、なんらかの原因でこの迷走神経が変性したり減少したりして神経伝達が正常に伝わらず、下部食道括約筋が収縮したままになってしまうことがあります。これが食道アカラシアです。 ※詳しい原因は分かっていません
さてここまでで食道アカラシアについては理解できたでしょうか?
続いて食道アカラシアになるとどうなるか見ていきましょう。
下部食道括約筋が収縮したままになると食べ物が胃に入っていきません。そのため食べ物が食道内に滞留したままになってしまいます(固形物だけでなく、水も胃に流れ込まないこともあります)。それにより次のような症状が表れます。
・飲み込み辛さ
・食後の胸のつかえ感、胸痛
・嘔吐(寝ている時に嘔吐することもあります)
・誤嚥(誤嚥性肺炎につながることもあります)
上2つの症状は軽症のものであり、下2つは進行した場合の症状ですね。
なお診断はバリウム検査、カテーテルを用いた食道内圧測定、胃カメラなどの総合的な検査で行います。
つづいて治療法をみてみましょう。
治療法には内視鏡治療、手術療法、薬物療法があります。
・内視鏡治療
以前から用いられている治療にバルーン拡張術があります。これは内視鏡(胃カメラ)を用いて食道内部にバルーンを留置することによって、狭くなっている部分を広げます。体への負担は小さいですが、治療は複数回行う必要があります。
そして最新の治療法として経口内視鏡的筋層切開術(POEM)があります。これは内視鏡によって食道の筋層の一部を切開する方法です。
全身麻酔を行い、食道の壁に内視鏡を挿入する穴をあけ、そのまま内視鏡で粘膜下にトンネルを作ります。そのトンネルの中で筋層を切開し、切開が終わったらトンネルの入り口を塞いで終了です。
POEMは侵襲性が低く高い有効性を発揮するので、現在食道アカラシアの治療の主流になりつつあります。
・手術療法
開腹を行って食道胃接合部の筋層を切開し、食べ物の通過を改善します。(Heller手術)
また逆流を防ぐため、胃の一部で食道を被う手術(Dor手術)も同時に行うこともあります。
効果は最も高いですが、患者への負担が大きいのが欠点ですね。
・薬物療法
食道アカラシアの原因は下部食道括約筋が弛緩しないことだということは、ここまでで書いた通りです。逆をいえば下部食道括約筋を弛緩させれば、改善することになります。そのため薬物療法では筋弛緩作用のある薬を用います。
主に用いられるのはCa拮抗薬や亜硝酸薬などですね。どちらも高血圧治療薬であり、血管平滑筋を弛緩させます。その効果は血管平滑筋だけに及ぶのではなく、下部食道括約筋にも作用するようですね。ただし効果が高いわけではありません。
そして今回の患者さんは芍薬甘草湯を使っていました。
芍薬甘草湯を使っているほとんどの症例は有痛性痙攣(こむら返り)でしょう。つまり横紋筋を弛緩させる作用があります。しかし芍薬甘草湯は横紋筋だけでなく、平滑筋の弛緩作用もあるとされています。実際にこの患者さんは胸のつかえや、胃のあたりの痛みがある時に服用すると症状が緩和されるようでした。
食道アカラシアにおける薬物療法は有効性に乏しいものが多いですが、軽度の場合はこのように症状を緩和させることが可能です。
なお手術療法においてDor手術を施しても、逆流性食道炎を生じる人も一定数はいます。このようなケースでは術後にPPIを用いることもあります。
今回の記事で食道アカラシアの病態、治療については理解できたでしょうか?
食道アカラシアの治療において薬物治療はメインとなる治療ではないので、薬剤師の出る幕は少ないかもしれません。しかし全く知らないと患者さんの容態が見えてきません。少しずつ色々な病気について学び、目の前の患者さんの容態をより具体的にイメージできるできるようにしましょう。
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