糖尿病性網膜症

疾病・病態

先日うちに新患さんが来局されました。処方は以下の通りです。

Rp(1) アドナ(30) 3錠
      1日3回 毎食後 7日分

目が赤かったので、もしかしてと思って話を聞いてみると糖尿病性網膜症ということでした。実際に糖尿病性網膜症の患者さんと対面したのは本当に久しぶりです。今回は糖尿病性網膜症の紹介と、その治療法を紹介したいと思います。


糖尿病性網膜症は糖尿病が原因となって、網膜の血管が障害されることによって生じる微小血管症です。まず眼の構造を見てみましょう。眼の奥には網膜という組織があり、これは光を感知する役割を持っています。

網膜には毛細血管が多数張り巡らされています。血糖値が高い状態が続くとこのような細い血管は負担が大きくなり、障害を受けることになります。網膜は非常に細い毛細血管が多数存在するので、特に障害を受けやすいですね。
※糖尿病の3大合併症は糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害です。腎臓にも毛細血管が多数存在するので、糖尿病性腎症が合併症として多いのは理解できると思います。
糖尿病性網膜症は以下のように分類されます。

・単純網膜症
網膜の血管の浸透圧が高くなったことにより、毛細血管が瘤のようになります(毛細血管瘤)。また小さな出血を生じたり(点状出血・斑状出血)、タンパク質や脂質などの成分が血管から漏れ出て、網膜にシミを形成することもあります(硬性白斑)。この時期には自覚症状はほとんどなく、血糖値のコントロールの改善によって治ることもあります。

・前増殖網膜症
血管障害の進行により微小血管が閉塞を起こし、網膜の中に酸素や栄養が行き渡らない部分がでてきます。すると酸素や栄養を供給するために血管新生の準備を始めます。それにより微小血管の拡張、蛇行などの異常を示し、また血管閉塞により血液が網膜内に溜まるため、網膜が浮腫を起こします(網膜浮腫)。この時期になるとかすみ目などの自覚症状が出てきますが、まだ顕著ではありません。しかし黄斑部分に浮腫が起きる(黄斑浮腫)と視力が顕著に低下します。

・増殖網膜症
微小血管の閉塞を補うために血管新生が生じます。血管新生によって生じた血管はもろく、破損しやすいため、硝子体内で出血が起きやすくなります(硝子体出血)。硝子体で出血が起きると飛蚊症が生じたり、出血量が多いと急な視力低下を起こします。新生血管によって生じた血管から染み出た成分が刺激となって、増殖膜という線維性の膜が形成されます。増殖膜が網膜を引っ張っることによって、網膜剥離を起こします。

網膜剥離が起こると失明につながることもあるので、早急な治療が必要となります。

ここまでで糖尿病性網膜症の原因と、その病態は理解できたでしょうか?続いて治療法を見てみましょう。

・血糖コントロール
そもそも高血糖が原因で血管症を生じているので、どの段階でも血糖コントロールが最も重要となります。糖尿病性網膜症になる人の多くは血糖降下剤のコンプライアンス不良が原因の事が多いです。まずは血糖治療を真剣にやっていただく必要があります、

・薬物治療
出血を抑えるために血管強化薬や抗凝固薬を使用したり、血管閉塞による血流不全を改善するために末梢循環改善薬を使用します。血管強化剤としてカルバゾクロム(アドナ®)、抗凝固薬としてトラネキサム酸(トランサミン®)を使用し、末梢循環改善薬としてカリジノゲナーゼ(カルナクリン®)を使用します。ただしこれらの薬の効果は緩徐であり、対症療法にしかなりません。
またフィブラート系薬物が網膜症の重症化抑制に効果があると言われています。

・網膜光凝固術
レーザーを用いて網膜の虚血部分を凝固させる方法です。虚血部分の酸素必要量を減らし、血管新生を抑制することが可能です。既に新生血管がある場合は血管そのものを凝固します。網膜症の悪化を防ぐための治療であって、視力を回復させたりするものではありません。前増殖網膜症や増殖網膜症に有効であり、早い時期に行うほど効果が高いです。入院はせずに通院で行います。

・硝子体手術
網膜光凝固術が無効な場合や、症状の進行により網膜剥離や硝子体出血が起こっている場合に行います。眼球に穴をあけて出血部位や増殖組織を取り除いたり、剥離した網膜を元に戻したります。増殖網膜症に対して行われ、視力の回復も見込めます。


最後にこの患者さんの経過を紹介します。
この患者さんは眼の充血が気になって眼科を受診したところ、糖尿病性網膜症と診断されました。そのため前述したようにアドナ®錠(30)が処方されたわけです。1週間服用したのち、再度受診するように言われており、1週間後また処方箋をもって来局されました。今度はアドナ®錠(30)が2週間処方されていました。話を聞くと眼の充血は治まり、視力は最初の受診時には0.1しかなかったようですが、1週間服用したのち再度検査したら0.7まで回復していたようです。あと2週間アドナ®錠(30)を飲み終わったらその後は経過観察のみということになりました。おそらくこの患者さんは単純網膜症か、前増殖網膜症になりかけくらいだったのでしょう。早期に治療を開始したので、予後良好だった事例です。糖尿病治療をしている患者さんは糖尿病性網膜症のことは知っておいて、眼の充血や飛蚊症などの症状が出たら、早めに受診すべきですね。糖尿病性網膜症は失明の原因第2位です(1位は緑内障)。
失明はQOLを顕著に低下させます。大切な眼を守っていくために、糖尿病患者の方に対して血糖コントロールの大切さを再認識してもらうようにしましょう。

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