先日うちの薬局でツムラ六君子湯を長期間使っている患者さんの薬がモサプリド®錠に処方変更されました。患者さんにお話を聞いたところ、主治医から「長期間漢方を使っているので、一旦別の薬に変えよう」とのことでした。患者さんは胃腸の調子が悪くなったりしていません。おそらく偽アルドステロン症を警戒してのことでしょう。今回は偽アルドステロン症について詳しく学び、服薬指導や経過観察に役立てて頂きたいと思います。
偽アルドステロン症とは血中アルドステロン値は正常であるにもかかわらず、アルドステロン症を起こすものです。原因として服用した薬物の影響があります。最も多いのが漢方に含まれる甘草によるものでしょう。ここで甘草について見てみましょう。
甘草にはグリチルリチンが含まれています。このグリチルリチンが偽アルドステロン症の原因となります。そのためグリチルリチンの薬理作用を見てみましょう。
グリチルリチンは代謝され活性体のグリチルリチン酸になります。薬理作用を生じるのは活性体であるグリチルリチン酸です。
ここで生体内のステロイドを確認します。生体内の天然コルチコイドであるヒドロコルチゾンは代謝されコルチゾンになります。コルチゾンはヒドロコルチゾンに比べて糖質コルチコイド作用(抗炎症作用)、鉱質コルチコイド作用(抗利尿作用)がともに0.7~0.8倍程度と低くなっています。
グリチルリチン酸はヒドロコルチゾンがコルチゾンに代謝する11β-水酸化ステロイド脱水素酵素(11β-HSD2)を阻害します。これによりヒドロコルチゾンの代謝が阻害され、糖質コルチコイド作用、鉱質コルチコイド作用が本来より強く現れてしまいます。
これによりグリチルリチンが抗炎症作用(糖質コルチコイド作用)を有するの分かりますね。グリチロン®配合錠が湿疹、皮膚炎、口内炎が有効であったり、OTCの点眼薬に抗炎症作用を目的としてグリチルリチンが含有されているものがある理由が、上記の説明で理解できると思います。
グリチルリチンが糖質コルチコイド作用を有するのはいいのですが、問題は鉱質コルチコイド作用も生じてしまう事です。つまりミネラルコルチコイド受容体に作用し、アルドステロンの薬理作用を生じます。ここでアルドステロンの働きを確認しておきましょう。
アルドステロンはミネラルコルチコイド受容体に結合すると複合体を形成します。この複合体がmRNAに結合しタンパク質誘導を行います。アルドステロン誘導タンパク質によって尿細管側のNaチャネルが促進され、抗利尿効果を生じます。尿細管腔のNa濃度が上昇することによって二次的にNa⁺K⁺ATPaseが活性化され、さらにKチャネルも活性化されます。結果としてKの排泄が促進されることになります。
スピロノラクトン、エプレレノンなどの抗アルドステロン薬はK保持性利尿薬と呼ばれます。アルドステロンの作用はKの排泄を促進しますが、アルドステロンの作用を阻害することによって反対にK濃度が上昇するためですね。
ここまでの説明で甘草の摂取で偽アルドステロン症を起こすメカニズムは分かったでしょうか?甘草は多くの漢方薬に含まれているので、偽アルドステロン症を起こす原因薬物はやはり漢方薬が最も多いです。
甘草1gにつき、グリチルリチンは40㎎含まれています。グリチルリチンの1日服用量の上限は300㎎です。これは甘草に換算すると7.5gとなります。甘草をいくら摂取すると偽アルドステロン症を生じるかは人によって異なりますが、甘草の1日摂取量が7.5gを超える場合は特に注意すべきでしょう。
ここで甘草が含まれる使用頻度の高い漢方薬を見ておきましょう。
甘草の血中濃度と偽アルドステロン症発症のリスクに相関性があるわけではないですが、上記の表は1つの目安になると思います。
※甘草の含有量が少なくても、長期間連用することによって偽アルドステロン症を発症することもあります。
最後に偽アルドステロン症の症状を確認しておきましょう。
アルドステロンの薬理作用を生じるので、当然抗利尿効果が起きます。そのため浮腫や血圧上昇が生じます。
また先述したようにアルドステロンは集合管のKチャネルを活性化させるので、低カリウム血症を起こすことになります。低カリウム血症を生じることにより筋力低下が生じます。
※低カリウム血症が筋力低下を生じるメカニズムは不明です。血中カリウム濃度の低下により骨格筋のKチャネルが抑制され、活動電位が起きにくくなる、筋膜自身が傷害されるなどの原因が考えられます。
早期発見の症状として浮腫む、血圧が上がる、手足に力が入りにくい・痺れる、筋肉痛、こむら返りなどがあります。特に筋肉の症状は徐々に酷くなるようです。
偽アルドステロン症はグリチルリチン含有薬物を服用して数日で起きることもあれば、数年以上たって起きることもあります。また漢方薬以外にもOTCの風邪薬などでもグリチルリチンが含まれているものもあります。これらの薬を服用している患者さんには、定期的に手足の脱力感や痺れ、筋肉痛などの症状が無いか、それとなく聞いてあげるなどの対応が必要でしょう。服薬指導に活用して頂けると幸いです。
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