イクスタンジ錠を服用中の患者さん 医師から言われた注意事項

癌の薬

先日うちにおかかりの患者さんから相談を受けました。
「先月から新し薬を使っているんだけど、先生から自転車に乗るのは気を付けるように言われた。1日2時間くらいまでにして欲しいって。なんでだろう?」
患者さんのお薬手帳を見ると、併用薬に以下の薬が追加されていました。

・イクスタンジ錠(40) 1日4錠 朝食後

今回の記事でイクスタンジ®錠の理解と、医師からの注意の理由について考察したいと思います。

まずイクスタンジ®錠について学びましょう。
イクスタンジ®錠の有効成分はエンザルタミドといい、これは抗アンドロゲン薬です。アンドロゲン受容体を阻害することにより、前立腺がんの治療薬として用いられます。
これを理解するためにまず前立腺がんについて確認します。

がんの中には増殖にホルモンを必要とするものがあります。これをホルモン依存性腫瘍といいます。代表的なものは乳がんと前立腺がんですね。乳がんはエストロゲン、前立腺がんはアンドロゲンによって増殖します。
主に精巣、その他では副腎皮質で作られたアンドロゲンが前立腺がんのアンドロゲン受容体(AR)に結合することで、がん細胞が増殖することになります。

このアンドロゲン受容体を阻害すればがん細胞の増殖が抑えられるのが分かりますね。
現在抗アンドロゲン薬としてフルタミド(オダイン®)、ビカルタミド(カソデックス®)、クロルマジノン(プロスタール®)、アパルタミド(アーリーダ®)、そしてエンザルタミド(イクスタンジ®)などがあります。

抗アンドロゲン薬の働きが分かったところで、今回のイクスタンジ®錠について見てみましょう。イクスタンジ®錠の適応は以下のものです。

・去勢抵抗性前立腺癌
・遠隔転移を有する前立腺癌

前述したように前立腺がんはアンドロゲン受容体を阻害することで増殖を防ぎます。これをホルモン療法といいます。ホルモン療法は前立腺がんなどのホルモン依存性腫瘍に優れた効果を発揮しますが、ホルモン療法は数年続けていると、効果が減弱してきてしまいます。これはがん細胞内でアンドロゲン受容体の数が増加したり、受容体の感受性が増加するなどの原因が考えられています。このようにホルモン療法が効かなくなった前立腺がんを、去勢抵抗性前立腺がんといいます。
またがん細胞は血管やリンパ管に入り込むと、血液やリンパ液にのって他の組織に転移し、そこで増殖します。これを遠隔転移といいます。前立腺がんと乳がんは特に骨転移を起こしやすいです。

フルタミド、ビカルタミド、クロルマジノンの適応は「前立腺がん」となっていますが、エンザルタミド新規抗アンドロゲン薬と言われ、前立腺がんでも使えるのは一部のものに限定されます。この理由について見てみましょう。
アンドロゲンはステロイドホルモンの1種です。ステロイドの作用機序は下図のようになっています。
従来の抗アンドロゲン薬はアンドロゲンと受容体の結合を阻害するものでした。しかしエンザルタミドはこれだけでなく、複合体の核内移行、複合体のDNAの転写調節領域への結合をも阻害します。

このようにアンドロゲンの働きを強力に阻害することで、去勢抵抗性前立腺がんにも効果を発揮します。また遠隔転移のある前立腺がんはステージⅣをさします(前立腺がんのステージはⅠ~Ⅳです)。
つまりイクスタンジ®錠は強力な効果を発揮するので、前立腺がんのファーストチョイスではなく、ホルモン療法に抵抗性をしめしてきたり、他の組織に転移してしまった場合に使う薬だという事が分かりますね。

さて今回の患者さんが医師から伝えられたのは「自転車に乗るのは気をつけろ」でした。この理由を考察してみましょう。
イクスタンジ®錠の添付文書に重要な基本的注意に次のような記載があります。

「 痙攣発作があらわれることがあるので、本剤投与中の患者には自動車の運転等危険を伴う機械を操作する際には注意させること。」

この患者さんは車は運転しないので、自動車を自転車に置き換えて結構です。おそらくこのことを伝えたのでしょう。副作用であがってきているものを見ても、運転と関係しそうなものはこれだけです。重大な副作用として痙攣発作が0.2%で報告されています。
脳細胞はグルタミン作動性神経が興奮させ、GABA作動性神経が抑制しています。

エンザルタミドとその代謝産物はGABA受容体に結合し、阻害するとされています。その結果グルタミン酸作動性神経が優位に働き、痙攣が起きるわけですね。まさにてんかんが起きるのと同じですね。そのため添付文書にも、てんかんを起こすリスクの高い人には注意すべき旨が記載されています。


この患者さんはてんかんもなければ、脳梗塞なども起こしていませんが、これらの既往歴がある人は、痙攣が起きる可能性が高いので注意するべきでしょう。またてんかん閾値を下げる薬が、日本神経学会の「てんかん診療ガイドライン2018」で成人てんかんの薬物療法の項目で紹介されています。
※詳しくは成人てんかんの薬物療法のリンク先の12ページ目をご覧ください
アルコール、ベンゾジアゼピン系薬物の離脱時、テオフィリン、抗ヒスタミン薬などは誰でも該当する可能性があります。

今回の記事でイクスタンジ®錠の特徴と、痙攣の副作用について理解できたでしょうか?
この患者さんには、まず副作用として痙攣が起きる可能性があるので自転車に乗るのを注意するようにすること、そしてアルコールは控えることを伝えました(幸いお酒は飲まない方でした)。また他の病院にかかる時は必ずお薬手帳をもって、イクスタンジ®錠を服用していることを医師に伝えるように言いました。テオフィリンや抗ヒスタミン薬は風邪などで誰にでも処方される可能性はありますからね。
今回の説明をしたところ、今度からイクスタンジ®錠の処方箋もうちに持ってきてくれることになりました。今後は併用薬のチェックだけでなく、間質性肺炎などの副作用がでないかもチェックしていこうと思います。

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