過去の記事で触れましたが、私の薬局は老人ホームの薬の管理をしており、定期的に医師や看護師等とカンファレンスを行っています。その中で興奮を起こしてしまう患者にリスペリドンやクエチアピンを頓服で処方する事例がありました。どうしても認知症などを患っていると何かのきっかけで興奮したり、夜間に幻覚のようなものが見えて眠れないことがあります。今回の記事ではリスペリドンとクエチアピンをどのように使い分けるか紹介します。
まず初めにリスペリドンとクエチアピンの適応について見てみましょう。それぞれの保険適応は以下のようになっています。
しかしどちらも現場では頓服薬として用いられるケースが非常に多いです。どの薬局でも幻覚やせん妄等に対してリスペリドン、クエチアピンが用いられてるのではないでしょうか?
リスペリドン、クエチアピンのこれらに対する使用は周知されており、社会保険診療報酬支払基金、国民健康保険中央会のいずれもリスペリドン、クエチアピンの以下の適応外使用を原則認めると明記しています。
リスペリドン
・器質的疾患に伴うせん妄・精神運動興奮状態・易怒性
・パーキンソン病に伴う幻覚
クエチアピン
・パーキンソン病に伴う幻覚・妄想・せん妄等の精神症状
冒頭で紹介したように興奮や幻覚などの症状に対して頓服使用されているのが分かると思います。
それでは両者を比較してみましょう。
・頓服薬として用いる場合の効き目の早さ、長さ
リスペリドン、クエチアピンの単回投与の場合のTmax、t1/2は以下のようになっています。
Tmaxはどちらも1時間前後、t1/2はリスペリドンが3.5~4時間前後、クエチアピンが3時間弱といったところです。ほとんど差はなく、どちらも速やかに効果が発揮され、消失も早いので翌日まで残る心配も少ないです。頓服薬として用いる際の効き目の早さ、長さには大きな違いはないとみてよいでしょう。
◆効果の早さ長さ ⇒ どちらもほぼ変わらず
・症状に対する使い分け
リスペリドンとクエチアピンの薬理作用に基づいて詳しく見てみましょう。
リスペリドンはSDA(Serotonin Dopamine Antagonist)といいセトロニン5-HT2A受容体とドパミンD2受容体に対する遮断作用をもちます。受容体遮断作用の強さは5-HT2A受容体>D2受容体とされています。D2受容体遮断作用が幻覚・妄想・せん妄・不安・緊張などの症状を抑えることになります。
この抗精神病作用の強さを比較するには日本精神科評価尺度研究会の抗精神病薬の等価換算(抗精神病薬の等価換算−稲垣&稲田版)が信憑性が高くよく利用されています。これはクロルプロマジン換算とも呼ばれ、クロルプロマジンに換算すると何mgに相当するかを示したものです。日本精神薬学会のHPでも計算することが出来ます。
それによるとリスペリドン1mg、クエチアピン66㎎がクロルプロマジン100㎎に相当します。このことから幻覚やせん妄がある場合はリスペリドンの方がより優れた効果を発揮すると言えるでしょう。
クエチアピンは多元受容体作用抗精神病薬(MARTA)と呼ばれ、ドパミンD2受容体、セトロニン5-HT2A受容体以外にも様々な受容体に作用します。クエチアピンは特にヒスタミンH1受容体、アドレナリンα1受容体に対する遮断作用が強いです。
クエチアピンは鎮静作用が強い薬剤として知られています。H1受容体を遮断することで鎮静作用が生じることが分かります。またアドレナリンも覚醒に寄与しています。そのためα1受容体遮断作用で血圧低下の他に鎮静作用が生じるわけです。
※クロルプロマジン換算はあくまで抗精神病作用(幻覚・妄想・思考障害などを抑える作用)を比較したものであり、鎮静作用は対象になっていません。そのため抗精神病作用の強いリスペリドンに比べて、より強い鎮静作用を持っていても不思議ではありません。
またクエチアピンは代謝物がノルアドレナリンの再取り込み阻害作用を有することで抗うつ作用を有します。クエチアピンの徐放錠であるビプレッソ®徐放錠が双極性障害におけるうつ症状に有効なのも理解できると思います。
以上のことからまとめると
◆幻覚、妄想がある時 ⇒ リスペリドン
◆不眠、強い緊張や不安がある時 ⇒ クエチアピン
◆うつ症状がある時 ⇒ クエチアピン
といった使い方が適していると言えます。
・副作用を考量した場合
クエチアピンで忘れてはいけないのが高血糖です。糖尿病患者および糖尿病の既往歴のある患者にも禁忌です。そのため使用する患者が糖尿病の治療中か、あるいは糖尿病の既往歴があるか確認しないといけません。(同じMARTAのオランザピンも同様ですね)
リスペリドンは糖尿病に禁忌ではありません。しかし血糖値上昇、または低血糖の副作用があります。リスペリドンを使うにしても定期的に血糖測定が必要となります。
どのみち血糖測定が必要なのは変わりませんが、糖尿病患者の場合はリスペリドンにするしかないですね。
◆糖尿病あるいは既往歴のある患者 ⇒ リスペリドン(クエチアピンは禁忌)
またどちらも体重増加の副作用があります。ヒスタミンH1受容体、セロトニン5-HT2c受容体の遮断が食欲の亢進を生じ、体重増加が起きるとされています。体重増加が起きやすいのはオランザピン>クエチアピン>リスペリドンと言われています。MARTAの方がH1受容体の遮断作用も有しているからでしょう。
◆体重増加が著しい場合 ⇒ リスペリドン(クエチアピンの方が体重増加が強い)
以上でリスペリドン、クエチアピンの使い分けは分かったでしょうか?
統合失調症患者でなくとも、高齢者となると脳梗塞の後遺症やパーキンソン病、アルツハイマー型認知症など様々な疾患に罹患することがあります。それらの疾患が原因で幻覚や妄想、せん妄などが生じることがあります。そのような時に抗精神病薬の頓服使用が適正にできるよう、情報提供していきたいと思います。

にほんブログ村
記事が良かったと思ったらランキングの応援をお願いします。
コメント