ここ最近、調剤報酬改正に関する記事ばかりでした。時期的に仕方ないのですが、そろそろ別の記事を書きたいと思っていたところに丁度いい情報が入ってきたので紹介します。今回の記事ではホモ接合体家族性高コレステロール血症の治療薬である、エヴキーザ®点滴静注液345㎎について紹介します。希少疾病用医薬品であり薬局で使うことはありませんが、従来の治療薬とはまた異なった作用機序なので是非知っておいて欲しいと思います。
エヴキーザ®点滴静注液345㎎は「ホモ接合体家族性高コレステロール血症」の治療薬です。まずは家族性高コレステロール血症について確認しましょう。
家族性高コレステロール血症(以下FH)は先天的にLDLコレステロールが高くなる疾患です。血中LDLコレステロールはLDL受容体を介して肝細胞やその他の細胞に取り込まれます(約70%は肝細胞に取り込まれます)。
しかしLDL受容体を産生する遺伝子に異常があるとLDL受容体が欠損したり、あるいはその機能が大きく損なわれてしまいます。これにより血中のLDLコレステロールが回収されずに血中に溜まってしまいます。そのため若年齢でもLDLコレステロールが高くなり、動脈硬化のリスクが高くなります。
自覚症状は特にありませんが、肘や膝、臀部、瞼といった箇所に皮膚黄色腫と呼ばれるコレステロールが沈着した隆起物が見られます。アキレス腱には腱黄色腫が見られることもあります。
FHの異常遺伝子は優性遺伝のため、異常遺伝子をもってしまうと必ず発症します。
遺伝子の片方だけが異常なものをヘテロ接合体FHといい、両方とも異常なものをホモ接合体FHといいます。ホモ接合体FHの方が重症化しやすく、難病指定されています。
ここまででFHの病態については分かりましたでしょうか?
続いてFHの治療について見てみましょう。現在のガイドラインではスタチン系薬物が推奨されており、その他には小腸コレステロールトランスポーター阻害薬のエゼチミブ(ゼチーア®)、PCSK9阻害薬のエボロクマブ(レパーサ®)、MTP阻害薬のロミタピド(ジャクスタピッド®)があります。
※PCSK9阻害薬のレクビオ®皮下注もこれに加わることでしょう。
推奨薬であるスタチン系はコレステロールの合成を阻害することでLDL受容体の発現を促進します。
PCSK9阻害薬はLDL受容体の分解を抑制します。
つまりスタチン系薬物、PCSK9阻害薬はいずれもLDL受容体の活性化につながるため、LDL受容体の活性が低いホモ接合体FHでは効果が出辛いという欠点があります。
次に今回の記事のエヴキーザ®点滴静注液345㎎について見てみましょう。
エヴキーザ®点滴静注液345㎎の有効成分であるエビナクマブはANGPTL3のモノクロナール抗体です。つまりANGPTL3に結合し、その働きを阻害します。
まず初めにANGPTL3について知っておきましょう。
脂質代謝においてアンジオポエチン様タンパク質3(以下ANGPTL3)というタンパク質が存在します。ANGPTL3の詳しい作用機序は分かっていませんが、リポタンパクリパーゼ(LPL)および内皮リパーゼ(EL)を阻害することが知られています。
リポタンパクリパーゼはリポタンパク中のトリグリセリドを加水分解する酵素です。トリグリセリドをグリセロールと脂肪酸に分解するわけですね。
トリグリセリドはアポタンパク、リン脂質、コレステロールなどと結合し、リポタンパクとなることで血液中に溶解できるようになっています。このリポタンパク中のトリグリセリドを加水分解するのがリポタンパクリパーゼです。
肝細胞内のコレステロールは以下のような過程をとってLDLになります。
VLDLの代謝が不十分でLDLとVLDL が同時に増加すると、LDLは肝性トリグリセリドリパーゼ(HTGL)により代謝され、小型化したsmall dense LDLを生成します。
small dense LDLは別名「超悪玉コレステロール」ともいい、通常のLDLに比べてサイズが小さいため、LDL 受容体に対する結合親和性が低く、血管壁に取り込まれやすく、さらに酸化変性をきたしやすいので、動脈硬化を起こしやすくなります。
※small dense LDLがなぜできるかの原因は分かっていませんが、血清TG値が高いことが影響すると言われています。
ANGPTL3の阻害によりリポタンパクリパーゼが活性化することでVLDLの代謝が促進され、さらに血清TG値が低下することでsmall dense LDLが低下することが分かりますね。
内皮リパーゼはHDL中のリン脂質の分解を促進します。
内皮リパーゼはHDLの代謝を促進するので、HDLが低下します(実際、血清EL値とHDL値は逆相関にあるようです)。ANGPTL3は内皮リパーゼを阻害するのでHDLが上昇することになりますね。
そのためANGPTL3の働きを阻害するとHDLが低下することになり、高コレステロール血症には悪影響なはずです。
エヴキーザ®点滴静注液345㎎の有効成分のエビナクマブはANGPTL3の働きを阻害します。
ANGPTL3の阻害によりリポタンパクリパーゼの活性化をし、コレステロール、中性脂肪を低下させることは理解できます。しかし内皮リパーゼを活性化すると高コレステロール血症に理論上は悪影響なはずです。これについて言及している文献は見当たりませんでした。個人的にはリポタンパクリパーゼの活性化による寄与が大きいのか、あるいは内皮リパーゼがHDL以外にもVLDLなどの代謝に影響しているのかと思っています。
いずれにせよLDL(特にsmall dense LDL)を低下させることで、ホモ接合体FHによる心血管疾患のリスクを低減させることが分かります。最大の特徴はLDL受容体の活性に依存せずに、LDLを低下させることです。
ここまででホモ接合体FHの病態、エヴキーザ®点滴静注液345㎎の作用機序が理解できたでしょうか?まだANGPTL3の働きについては解明されていないことも多く、今回の記事もあらゆる文献を読み込んで私なりに理解した内容です。細かいところで間違っている箇所もあるかもしれませんが、作用機序を大まかにイメージするには十分だと思います。
続いてエヴキーザ®点滴静注液345㎎の特徴を見てみましょう。
・用法・用量について
4週間に1回、15mg/kgを60分以上かけて点滴静注します。
月に1回の通院となり、それなりの時間を拘束されるので患者負担は多少大きいと言わざるを得ません。
・副作用について
インフュージョンリアクションが最も多く、4.8%です。
※インフュージョンリアクションとは急性輸液反応とも言い、作用機序は明らかになっていませんが、抗体などのタンパク質製剤を投与することによってサイトカインが放出されることがあります。これによって頭痛、発熱、悪心・嘔吐、発疹などの過敏症やアレルギー反応が起き、重症化すると呼吸困難、血圧低下、血管浮腫などが起きることもあります。
点滴速度を遅くすることでインフュージョンリアクションの発生頻度を減らせるので、60分以上かけて点滴静注するわけですね。その他の副作用として上咽頭炎があります。
・妊婦は避けるのが無難
妊婦の使用は望ましくありません。添付文書上は有益投与ですが、患者向医薬品ガイドには「妊娠する可能性がある女性は、 この薬を使用している間および使用終了から少なくとも5カ月間は、適切な避妊を行ってください。」との記載があります。この文言からすると妊婦は使わない方がいいですし、脂溶性ビタミン並みに体内への蓄積性、残留性があるのでしょう。
・使用上の注意
”効能又は効果に関連する注意”に以下のような記載があります。
また”用法及び用法に関連する注意”に以下のような記載があります。
これらから分かるようにホモ接合体家族性高コレステロール血症の治療のファーストチョイスにはなりません。あくまでスタチン系薬物による治療が基本となり、また使用する場合もスタチン系が使えないケースでない限り、スタチン系薬物との併用療法になります。
今回の記事でエヴキーザ®点滴静注液345㎎について、また家族性高コレステロール血症については理解できたでしょうか?エヴキーザ®点滴静注液345㎎は希少疾病用医薬品で使うことはほとんどないでしょうが、家族性高コレステロール血症の患者は意外にいます。疾患から理解することで患者の状態が分かり、また治療内容も分かるようになります。病態と薬の働きをセットで覚えて、患者の状態をよく理解し、薬物治療に活かせるようにしましょう。
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