抗がん剤における嘔吐の治療薬

消化器系の薬

うちに来る患者さんのお薬手帳を確認すると、意外に抗がん剤を使っている人がいます。うちは癌センターの門前ではないので、あまり抗がん剤の処方箋を持ってくる人はいません。そのため患者さんのお薬手帳をしっかりみて、最近の抗がん剤事情を学ばないといけません。お薬手帳をよく見ると、抗がん剤と一緒に制吐薬としてイメンド®カプセルを使っている人が多かったです。最近では後発品のアプレピタントカプセルの方が多くなっています。今回の記事では抗がん剤における悪心・嘔吐が起きる仕組みと、制吐薬(主にイメンド®カプセル)について説明します。

まず悪心・嘔吐が起きるメカニズムについて確認しておきましょう。
消化管内に存在する5-HT3受容体、D2受容体が刺激されると迷走神経を介して、刺激が脳の化学受容器引金帯(以下CTZ)を刺激します。CTZに伝えられた刺激は嘔吐中枢に伝わります。嘔吐中枢に刺激が伝わると嘔吐が起きます。
一部の刺激はCTZを介さず、直接嘔吐中枢に伝わります
このように腸管などの臓器から迷走神経を介してCTZや嘔吐中枢の刺激による嘔吐を末梢性嘔吐といいます。ドンペリドンは腸管のD2受容体を遮断する末梢性制吐薬ですね。

CTZには5-HT3受容体、D2受容体、さらにはニューロイキン受容体(以下NK1受容体)も存在します。CTZに存在するこれらの受容体を刺激すると、この刺激が嘔吐中枢に伝わり、嘔吐を起こします。このようにCTZやあるいは嘔吐中枢を刺激することによる嘔吐を中枢性嘔吐といいます。メトクロプラミドは末梢に作用するだけでなく、中枢にも移行します。そのため混合型制吐薬といいます。


なお末梢において5-HT3受容体はカチオンチャネル内蔵型受容体なので、受容体の刺激により直接CTZに刺激が伝わります。D2受容体はシナプス前膜に存在しており神経終末からアセチルコリンの遊離を抑制しています(D2受容体はGi共役型)。D2受容体を遮断するとアセチルコリンの遊離が促進されます。アセチルコリンは消化管運動を促進するので、胃の内容物がスムーズに運ばれるようになり、嘔吐刺激が少なくなることにより制吐作用を示します。


ここまでの説明で嘔吐を起こすメカニズムは分かったでしょうか?
次に抗がん剤が嘔吐を引き起こす作用について確認していきます。抗がん剤は癌細胞だけでなく正常細胞も傷つけます。この時に腸管に存在するクロム親和性細胞は傷害されるとセトロニンを分泌します。分泌されたセロトニンが腸管の5-HT3受容体を刺激することで悪心・嘔吐が起きるわけですね。
※クロム親和性細胞は腸管の他に副腎髄質や前立腺、膀胱にも存在します
クロム親和性細胞はセロトニンだけでなくサブスタンスPも分泌します。サブスタンスPはNK1受容体を刺激します。腸管には5-HT3受容体、D2受容体だけでなく、NK1受容体も存在します。NK1受容体の刺激もCTZに伝わるので、これも悪心・嘔吐の原因になるわけですね。

また中枢においては抗がん剤そのものがCTZを刺激し、サブスタンスPを分泌します(細かい作用機序は不明)。サブスタンスPがCTZのNK1受容体を刺激し、その刺激が嘔吐中枢に伝わって悪心・嘔吐を引き起こします。

ここまでの話をみて分かるように、抗がん剤における吐き気にはセロトニンとサブスタンスPが関係しています。つまり
セトロニンによる刺激を遮断 ⇒ 5-HT3受容体遮断
サブスタンスPによる刺激を遮断 ⇒ NK1受容体遮断
により抗がん剤における吐き気が抑えられることになります。

5-HT3受容体はオンダンセトロン、グラニセトロン、ラモセトロンなどがあります。5-HT3受容体遮断薬は末梢と中枢の両方に作用する混合型制吐薬です。

NK1受容体遮断薬は今回の記事の冒頭で触れたアプレピタント(イメンド®カプセル)です。アプレピタントは中枢性制吐薬に分類されます。腸管からもサブスタンスPは分泌されますが、中枢(CTZ)で分泌される量の方が多いからですね。
ここでイメンド®カプセルの使い方について確認しましょう。イメンド®カプセルの規格は125mgと80mgがあります。また125mgと80mgがセットになっているイメンド®カプセルセットもあります。

効能効果は
抗悪性腫瘍剤(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)(遅発期を含む)
とされています。抗がん剤の中でシスプラチン製剤は特に悪心・嘔吐の副作用が起きやすいです。そのため主にシスプラチン製剤の点滴を行った後に用います。
※ただしシスプラチン製剤に限って使えるわけではなく、医師の判断により他の抗がん剤でも悪心・嘔吐の副作用が生じる場合に用いることが出来ます。

用法用量について見てみましょう。
「他の制吐剤との併用において、通常、成人及び12歳以上の小児にはアプレピタントとして抗悪性腫瘍剤投与1日目は125mgを、2日目以降は80mgを1日1回、経口投与する。」
3日間の使用となり、1日目:125mg 2日目:80mg 3日目:80mgです。イメンド®カプセルセットならちょうど1シートですね。
1日目は抗がん剤投与の1~1.5時間前に、2日目、3日目は午前中に服用するとされています。抗がん剤(シスプラチン製剤)は午前中に投与することが多いとされています。1回目服用後およそ24時間後の服用が望ましいので午前中となっています。※食事の影響は受けません

アプレピタントの特徴は遅発性悪心にも有効なことです。
悪心には抗がん剤投与後24時間以内に起きる急性悪心と、24時間後以降に起きる遅発性悪心があります。5-HT3受容体遮断は急性悪心には有効ですが、遅発性悪心には効果がありません。
セロトニンの血中濃度は抗がん剤投与後24時間程度で徐々に低下しますが、サブスタンスPは5日目くらいまでは高い血中濃度が維持されます。つまり遅発性悪心はサブスタンスPが原因となるわけです。NK1受容体を遮断してサブスタンスPの働きを遮断すれば遅発性悪心を防げるわけですね。


5-HT3受容体遮断、NK1受容体遮断の他にステロイドも抗がん剤における悪心・嘔吐を抑制することを確認しておきましょう。抗がん剤における嘔吐の抑制にデキサメタゾン(デカドロン®)が用いられます。ステロイドにおける制吐作用の作用機序は不明ですが、ステロイドはセロトニンの働きを抑制するとされ、これが制吐作用を起こすと考えられています。
※ステロイドがセロトニンの働きを抑制するので、ステロイドの副作用にうつ症状があるのが理解できますね。
デキサメタゾンは急性嘔吐と遅発性嘔吐の両方に有効です。遅発性嘔吐にはもともとデキサメタゾンが用いられていましたが、効果が十分ではありませんでした。そこでアプレピタントが登場したわけです。

シスプラチン製剤における悪心・嘔吐には5-HT3受容体遮断薬、NK1受容体遮断、デキサメタゾンの3剤併用のレジメンが推奨されています。これにより急性嘔吐と遅発性嘔吐の両方を抑えられるからですね。実際にうちの患者さんのお薬手帳には

Rp(1)アプレピタントカプセル(125)「NK」 1カプセル
    1日1回 朝食後 1日分
Rp(2)アプレピタントカプセル(80)「NK」 1カプセル
    1日1回 朝食後 2日分
Rp(3)デカドロン錠(4) 2錠
    1日1回 朝食後 3日分

病院でオキサリプラチン点滴静注を使っており、パロノセトロン点滴静注もしていました。
シスプラチン製剤の抗がん剤を点滴し、5-HT3受容体遮断、NK1受容体遮断、デキサメタゾンで悪心・嘔吐を抑制していますね。なお人によっては頓服でメトクロプラミドが処方されているケースもありました。

長々書きましたが、抗がん剤における制吐薬の概要はつかめましたでしょうか?
がん治療のレジメンは沢山ありますが、暗記するのは難しいです。その内容を理解すると記憶に残りやすいです。今後また別のレジメンについても書いていきたいと思います。

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