前立腺肥大症で頻尿の患者さんに八味地黄丸が処方された事例

漢方薬

当薬局におかかりの患者さんで前立腺肥大症の方がいます。処方されているのはシロドシン(4)でした。しかし夜間頻尿で1~2時間おきにトイレに起きる状態であり、睡眠不足で悩まれていました。
その後以下のように処方変更されました。

Rp(1)(般)シロドシン錠(4)  2錠
     1日2回  朝夕食後  30日分
Rp(2) ベタニス錠(50)     1錠
     1日1回  夕食後   30日分

しかしそれでも夜間頻尿はおさまりませんでした。患者さんに相談されたので、処方医に情報提供したところ、以下のような処方に変わりました。

Rp(1)(般)シロドシン錠(4)  2錠
     1日2回  朝夕食後  14日分
Rp(2) ベタニス錠(50)     1錠
     1日1回  夕食後   14日分
Rp(3) ツムラ八味地黄丸   7.5g
     1日3回  毎食前   14日分

今回は頻尿の起きる原因と、それに対しての八味地黄丸が処方された意図を解説します。

まず初めにシロドシンについて確認しましょう。
前立腺肥大症では、肥大した前立腺が尿道を圧迫し、排尿困難を起こします。酷いケースでは尿閉塞を起こしてしまうため、前立腺肥大症ではまず排尿困難の改善が必要になります。
外尿道括約筋にはα1受容体が存在し、この受容体が刺激されると尿道が締まり、尿の排泄を抑制します。シロドシンはこのα1受容体を遮断することにより外尿道括約筋が弛緩し、排尿を促進します。
これにより排尿困難を改善するわけですが、効きすぎると逆に頻尿になってしまうということもあります。あるいは効果不十分の場合、排尿困難のままであり、チョロチョロとしか出ず頻尿といったケースもあります。

シロドシン(4)だけでは頻尿だったのでベタニス®(50)が追加処方になりました。
ベタニス®(ミラベグロン)はβ3受容体刺激薬です。膀胱平滑筋に分布する β3受容体を刺激することによって、膀胱平滑筋が弛緩します。これにより膀胱容積が増大し、蓄尿できる量が増えるわけですね。排尿を促進しなくてはならない状況で蓄尿を促すのは矛盾する気もしますが、β3受容体刺激薬とα1受容体遮断薬を組み合わせることによって、「しっかり溜めて、一気に出す」といった環境を作り出します。

ここまででシロドシン(4)とベタニス®(50)が処方された理由は理解できたと思います。
しかしこの患者さんはこれでも頻尿がおさまりませんでした。そのため今度は東洋医学的な知見から頻尿を改善させようとのことになりました。それにより追加処方されたのが八味地黄丸です。

八味地黄丸が処方される患者さんは腎陽が不足していることが多いです。
腎の働きと腎陽について解説します。以前に学んだように五行説でいうところの水にあたります。


イメージとしては海や川の水であり、生命の源です。
そして腎には腎陰と腎陽が備わっています。腎陰とは腎に蓄えられた水分です。まさに海や川に水があるイメージに当てはまります。
そして腎には太陽(心、五行説でいえば火)からの熱が蓄えられており、これが腎陽です。
腎陽によって腎陰が暖められ、気化します。これが津液となるわけです。こうして作られた津液が全身を循環します。

この腎陽は加齢によって低下してしまう事があります(これを腎陽虚といいます)。
腎陽が不足すると腎陰を暖めて気化することができなくなるため、津液が不足します。そして津液にならなかった水が下に落ちるようになり、尿となって排出されるため、尿量が多くなるわけですね。
下に落ちた水分が尿として排出されず脚に溜まることもあり、浮腫や脚気を起こすこともあり、また津液が上にいかないので、口喝を起こすようになります。
津液の分布異常により血液も循環不全を起こし(血管内に含まれるのが血と津液であるため)、これにより高血圧や肩こりの原因にもなります。

腎陽は腎そのものを働かせる気でもあるため、腎の機能が低下します。
腎は尿を作り水の代謝をコントロールしているため、排尿異常を起こす原因になります。先述した内容では尿量の増加をあげましたが、尿量の調節異常で逆に尿量減少が起きたり、排尿異常で排尿困難を生じるケースもあります。

腎陽は体そのものを暖める作用もあります。
そのため腎陽の不足で冷え性になります。腰が冷えると腰痛や坐骨神経痛を起こすことがあります。

ここまでの説明で東洋医学的知見で頻尿になるメカニズムの1つが理解できたと思います。
そこで今回は八味地黄丸が処方されたわけですね。八味地黄丸の中身について見てみましょう。
八味地黄丸に含まれる附子が腎陽を補います。また桂皮が気の循環を促進します。
茯苓と沢瀉は利尿作用により体の余分な水分を取り除きます。(茯苓はそれ以外にも健胃作用、精神安定作用を有します)
以上の内容から八味地黄丸の添付文書に記載された効能効果は以下のようになっているのは理解して頂けるでしょう。
「疲労、倦怠感著しく、尿利減少または頻数、口渇し、手足に交互的に冷感と熱感のあるものの次の諸症 腎炎、糖尿病、陰萎、坐骨神経痛、腰痛、脚気、膀胱カタル、前立腺肥大、高血圧」

この事例の患者さんはシロドシン(4)が効きすぎたのか、効果不十分だったのか分かりませんが、頻尿だったためベタニス®(50)で膀胱容積を拡張し、改善を期待しました。しかしそれでも改善しなかったため視点を変えて漢方を追加したわけですね。このように期待した効果が出ない時は別の視点から試すのも必要ですね。

この患者さんが八味地黄丸を服用してから、若干頻尿がおさまりました。高齢の方なので頻尿になるのは仕方ないですが、夜間頻尿で睡眠が妨げられるのは問題ですね。今回多少でも改善し、睡眠がとれるようになったので一応成功と言えるでしょう。

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