ヒヤリ・ハット分析 腎機能障害患者へのメトホルミンの処方

ヒヤリ・ハット

このブログでは腎機能の評価と、それに伴う薬物の適正使用について度々ふれてきました。実際に腎機能情報を用い医師-薬剤師の連携による薬物適正化事業は各都道府県の薬剤師会が力を入れています。ちょうど最新の公益財団法人日本医療機能評価機構の薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業に、腎機能障害患者への処方を防いだ事例が記載されていました。詳しく読み解くことによって、腎機能の評価だけでなく、対象となる薬の特徴も詳しく知ることが出来ます。

【事例の詳細】
在宅療養中の70歳代の患者にメトグルコ錠250mgが処方された。処方内容は、ここしばらく変わっていなかった。患者は以前からeGFRが低かったが、今回の血液検査の結果は28.1mL/min/1.73m2に低下していた。メトグルコ錠は、重度の腎機能障害(eGFR 30mL/min/1.73m2未満)のある患者に禁忌であるため、疑義照会を行った結果、削除になった。

【推定される要因】
血液検査は毎月行われていたが、処方医は今回の結果をよく確認しなかったため、前回と同じ薬剤が処方されたと推測される。

【薬局での取り組み】
血液検査の結果を入手した際は、患者の腎臓や肝臓の機能を把握したうえで、薬剤の投与量や用法が妥当であるかを検討している


今回の事例は腎機能の低下した患者にメトホルミンが投与されそうになったのを未然に防いだものです。まず初めにメトホルミンについて確認しておきましょう。

メトホルミンはAMPキナーゼという酵素を活性化します。詳しい作用機序は不明ですが、AMPキナーゼは糖新生を抑制し、これによって血糖値が低下します。糖新生は乳酸からグルコースが作られる経路なので、これを抑制することにより乳酸が増加します。そのため乳酸アシドーシスになるリスクがあるわけですね。
※その他にも骨格筋におけるグルコースの取り込み促進効果もあります

乳酸アシドーシスはメトホルミンにおける最も重大な副作用なので、これを防がなくてはなりません。


次にこの患者の腎機能について確認してみましょう。
過去何度かに渡って腎機能に関する記事を書いてきたので、読んでくれている方には分かると思いますが、単位がmL/min/1.73m2となっているので、体表面積補正eGFR(または個別eGFR)です。つまり腎機能の評価の指標になります。eGFRと腎機能の指標は以下のようになります。
※詳しくは過去記事を読み直して下さい ⇒ eGFRをもう少し詳しく 体表面積による補正・未補正

eGFRの腎機能の判定基準   
eGFR             腎機能 
            
>90                  正常
60~89    軽度腎機能低下
30~59    中度腎機能低下
15~29    重度腎機能低下
   15>              末期腎不全 


この患者はeGFRが28.1(mL/min/1.73m2)なので重度腎機能低下になります。
ここでメトグルコ®錠の添付文書を確認しておきましょう。

重度腎機能低下(eGFR<30mL/min/1.73m2)の患者には使えません。この理由を考察しましょう。
メトグルコ®錠の添付文書の薬物動態の項目に以下のような記載があります。

このことから分かるようにメトホルミンは肝臓で代謝されず、ほとんどが腎臓から排泄されます。つまり腎機能の低下によりメトホルミンの排泄が抑制され、結果としてメトホルミンの血中濃度が上昇し、乳酸アシドーシスのリスクが上昇することになります。
2019年5月31日に「令和元年度 第3回安全対策調査会」が開催され、メトホルミンの腎機能障害等の禁忌の見直しが行われました。それによると腎機能障害の程度におけるメトホルミンの使用量は以下のようになっています。

メトホルミンにおける禁忌「腎機能障害」等の
見直しについてより抜粋

今回の事例のように重度腎機能低下には使えませんが、中等度腎機能低下までなら使えるので、この辺も注意しましょう。


ここまで腎機能との関係について書きましたが、肝機能との関係についても触れておきます。メトホルミンは重度の肝機能障害の場合も使えません。

前述したようにメトホルミンは肝代謝されず、腎排泄されます。しかしなぜ重度の肝障害がある場合に用いられないのでしょうか?理由は乳酸の代謝に関与するためです。
乳酸からグルコースが作られる糖新生は冒頭で紹介しましたが、これはほとんどが肝臓で行われます。そのため肝機能が障害されると乳酸の代謝が上手く行われず、結果として乳酸アシドーシスになるリスクが上昇するわけですね。

腎機能はeGFRやクレアチニンクリアランス(CCr)といった指標があるので、具体的に腎機能がどの指標でどの程度低下したら、量を減らす、服用しないといった判断が可能になります。
しかし肝機能障害についてはほとんどの薬で、腎機能のように明確な指標やその数値がかかれていません。そのため基本的には主治医の判断になります。
ついでにこの機会にCTCAEについて覚えておきましょう。CTCAEとは Common Terminology Criteria for Adverse Eventsの略であり、有害事象共通用語規準を意味します。有害事象の重症度をGrade1~5で分類します。
(1:軽症 2:中等症 3:重症 4:生命を脅かす 5:死亡)
※最新の日本語版CTCAEはこちらです ⇒ CTCAE ver5 pdf版 エクセル版
CTCAEは非常に読み辛いですが、静岡県の富士市立中央病院が素晴らしく見やすい簡易版CTCAEを掲載していたので、リンクを貼っておきます ⇒ 簡易版 CTCAE Ver 5.0 副作用 Grade 一覧
これを見ればASTやALTからある程度、肝機能障害の重症度が分かると思います。

最後にメトホルミンは過度のアルコール摂取患者にも禁忌です。
アルコールは肝臓で分解されるので、過度にアルコールを摂取すると、肝臓でアルコールの分解が追いつきません。そのため肝臓で代謝されるはずの薬物の代謝が阻害されることになります。この場合は乳酸の代謝が阻害されるので、これもまた乳酸アシドーシスのリスクが上昇するわけですね。

※ちなみに二日酔いの頭痛にアセトアミノフェンはお勧めしません。二日酔いはアルコールが代謝されて生じた、アセトアルデヒドが肝臓で代謝しきれていない状態です。これに肝代謝型であるアセトアミノフェンを用いると肝機能障害の原因になります。まだ腎排泄型のNSAIDsの方がマシです。


多くの内容を書いて、結構ボリュームのある記事になりました。
何度も書きましたが、腎機能の評価による薬物治療の適正化は薬剤師の重要項目であり、避けては通れません。用いられる腎機能の指標はeGFRだったり、CCrだったりと薬によって様々です。どの指標が用いられていても理解できるように、過去記事と合わせて読み直して頂ければと思います。
また当ブログは「1を知って10を知る」内容を目指しています。今回は肝機能に関する内容でしたが、今後も多くの事を一緒に学んでいただけると嬉しいです。

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