ウィフガード点滴静注

神経系の薬

ここ最近は新薬の登場が相次いでいます。今年の5月より重症筋無力症の新たな治療薬であるウィフガード®点滴静注が発売されました。点滴なので薬局で勤務していると取り扱うことは基本的にないでしょうが、見聞を広げるためにこのような病院内で扱う薬についても知っておくべきです。今回の記事ではウィフガード®点滴静注について解説します。


薬の説明に入る前にまずは重症筋無力症についての確認です。
重症筋無力症は自己免疫反応により神経筋接合部の刺激伝導障害が起きる疾患です。骨格筋が収縮するには、末梢神経から分泌されたアセチルコリンが筋肉細胞のニコチン性アセチルコリン受容体(NM受容体)に結合し、刺激が伝わることが必要です。

ところが自己免疫反応によってNM受容体に自己抗体(抗AChR抗体)ができてしまうと、自己抗体がNM受容体に結合し、神経筋接合部の刺激伝導障害が生じます。
(また抗AChR抗体がNM受容体に結合すると補体が活性化し、神経筋接合部を破壊します)

また骨格筋にはNM受容体の他に筋特異的チロシンキナーゼ(MuSK)も存在しています。MuSKの詳しい作用機序は分かっていませんが、MuSKも刺激伝導の機能維持に関与しているとされています。そしこのMuSKに対する自己抗体(抗MuSK抗体)も同様に、神経筋接合部の刺激伝導障害を生じます。

※重症筋無力症の患者の約80%が抗AChR抗体を検出し、約10%が抗MuSK抗体を検出します。残りはどちらも陰性です。AChR、MuSK以外にも神経筋接合部の刺激伝達に関与するものがあるのでしょう。

神経筋接合部の刺激伝導障害が起きることにより様々な症状が起きるわけですね。主な症状としては以下のようなものがあります。
・筋力低下 ・疲労感 ・複視 ・眼瞼下垂

眼の筋肉が低下すると無意識に瞼が下がる眼瞼下垂になったり、眼球運動障害で物が二重に見える複視になったりします。これは初期に多い傾向にあります。(眼症状のみの場合、眼筋型重症筋無力症といいます)

眼瞼下垂(がんかけいかすい)

全身の筋肉が低下すると四肢の筋力低下、顔面麻痺の他に咀嚼障害、嚥下障害などがおき、重症化すると呼吸筋が麻痺に呼吸困難(クリーゼ)を生じます。(全身症状がある場合の重症筋無力症を全身型重症筋無力症といいます)

なお抗AChR抗体は主に胸腺で産生されます。つまり胸腺の異常が重症筋無力症の原因になっていることもあり、抗AChR抗体陽性の重症筋無力症患者は約8割が胸腺過形成、胸腺腫といった所見が見られます。

ここまでで重症筋無力症の原因や症状については分かりましたでしょうか?続いて重症筋無力症のこれまでの治療法について見てみましょう。
基本的な治療はステロイドと免疫抑制剤になります。どちらも免疫抑制作用により、自己抗体の産生抑制を目的とします。その他にはコリンエステラーゼ阻害薬でアセチルコリンの分解を抑制し、アセチルコリンのNM受容体に対する刺激を増強したりします。
その他には胸腺摘除手術(胸腺腫があったり抗AChR抗体陽性の場合)や血中から自己抗体を除去するために血液浄化療法をすることもあります。


さて前置きが長くなりましたが、今回の記事のテーマである、ウィフガード®点滴静注について学んでいきましょう。
ウィフガード®点滴静注は抗FcRn抗体フラグメント製剤といい、有効成分はエフガルチギモド アルファ(遺伝子組み換え)といいます。この作用機序は少々複雑なので、じっくり見てみましょう。

まず重症筋無力症における抗AChR抗体や抗MuSK抗体といった自己抗体はIgG抗体です。ここで免疫グロブリンの構造を確認しておきましょう。免疫グロブリンは図のような形をしており、その構造からFabフラグメントとFcフラグメントに分けられます。

免疫反応ではFab部位は抗原と結合することで抗原抗体反応を起こし、Fc部位はマクロファージなどの貪食細胞に存在するFc受容体に結合し、そのまま貪食細胞に取り込まれて分解されます。

このIgG抗体ですが、血漿中からエンドサイトーシスにより血管内皮細胞に取り込まれ、さらにリソソームに取り込まれることによって分解されます。ところがこのIgG抗体は胎児性Fc受容体(FcRn)という受容体に結合すると、リソソームに取り込まれず分解されません。(Fc部位に結合する受容体です)

このFcRnによってIgG抗体がリソソームにより分解されず、血漿中に再放出されリサイクルされます。結果としてIgG抗体の半減期と血中濃度が一定に維持されているわけですね。

ウィフガード®の有効成分であるエフガルチギモド アルファは、IgG抗体のFc部分のアミノ酸配列を変えて作った抗体フラグメント製剤です。これによりIgG抗体がFcRnと結合するのを競合的に阻害します。これによってIgG抗体のFcRnによるリサイクルを阻害して、自己抗体を含むIgG抗体が分解されるのを促進するわけですね。


ここまでの説明で自己抗体を含むIgG抗体の分解を促進し、結果として神経筋接合部のAChRやMuSKが自己抗体によって障害されるのを防ぎ、重症筋無力症を改善するといった流れは理解できましたでしょうか?次からはウィフガード®の特徴について見てみましょう。

・効能効果について
適応は「全身型重症筋無力症(ステロイド剤又はステロイド剤以外の免疫抑制剤が十分に奏効しない場合に限る)」となっています。眼筋型重症筋無力症には用いません。使えるのは全身型重症筋無力症であり、ステロイドや免疫抑制剤で十分な効果が得られない時です。あくまで重症筋無力症の治療はステロイドや免疫抑制剤であり、それがダメなら次の一手といったところでしょう。

・用法用量について
用法用量は「通常、成人にはエフガルチギモド アルファ(遺伝子組換え)として1回10mg/kgを1週間間隔で4回1時間かけて点滴静注する。これを1サイクルとして、投与を繰り返す。」とされています。

なお「何らかの理由により投与が遅れた際には、あらかじめ定めた投与日から3日以内であればその時点で投与を行い、その後はあらかじめ定めた日に投与すること。あらかじめ定めた投与日から3日を超えていれば投与せず、次のあらかじめ定めた日に投与すること。」とされています。基本的には同じ曜日に投与しますが、3日以内なら大丈夫といったところでしょう。

・注意すべきは感染症
ここまでの説明で書いたように、ウィフガード®はIgG抗体の分解を促進します。抗AChR抗体や抗MuSK抗体といった自己抗体なら問題ないのですが、正常な免疫反応に必要なIgG抗体の分解も促進することになります。当然感染症のリスクは上昇します。感染症の発生率は6.8%であり、頻度も高めです。その他の副作用としては頭痛が5~15%と高めですね。


以上の説明でウィフガード®点滴静注についてある程度分かったでしょうか?週に1回、1時間以上かけて点滴しなくてはならず、また何サイクルも繰り返すとかなりの期間、週1での受診、点滴が必要となります。使い勝手のいい薬とは言えませんが、重症筋無力症の従来の治療で十分な効果が得られない人に対する治療が登場したのはいいことです。私が過去に在宅で対応していた重症筋無力症の患者さんがいましたが、お風呂で溺れて亡くなっています。全身型重症筋無力症だったので体が思うように動かず、溺れても脱出できず、また声も上手く出せなかったので家族に助けを呼べなかったのですね。こういった悲惨な事故を無くすためにも、少しでも効果の高い治療が登場してくれるのが望ましいですね。

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